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2020年9月 7日 (月)

水神社下庚申塔(文京区目白台)

神田川の左岸は急な崖になっている。その崖を登る名坂が胸突坂。都内でも五指に入る名坂である。その胸突坂の東側は椿山荘。この坂は江戸時代からある坂で、坂の東側も西側も大名屋敷で、西側は肥後熊本藩細川家の下屋敷。江戸時代の切絵図には細川屋敷の真ん中まで目白坂上から道があり「庚申」と書かれているが今は何なのか不明。細川屋敷と胸突坂の間にあるのが水神社である。

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水神社の鳥居だが、平成16年(2004)12月に強風が吹き社殿脇の銀杏の枝が折れ、古い鳥居を直撃して壊してしまった。壊れた鳥居は安政4年(1857)のものであった。その鳥居のよこに庚申塔がある。一方、胸突坂の東側の椿山荘は大名屋敷を経て明治になると山形有朋邸、それを買い取ったのが藤田観光の藤田家、戦後になって椿山荘になった。

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庚申塔は笠付角柱型で、下部に三猿、その上の龕部(がんぶ)には文字が書かれているようだが読めない。三猿の下には二鶏が描かれている。裏面には、上総国、石見郡(夷隅郡の間違い)、岩隈村、大野村、森宮村などとある。造立年代はどこにも書かれていないか消えてしまったか、不詳である。ここは神田上水が最初に掘削されたところで、家康は大久保主水に命じて神田川から上水を引いた。後の現場監督が松尾芭蕉だったという話もあり、なかなか興味深い。

場所  文京区目白台1丁目1-9

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