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2020年9月22日 (火)

自性院門前の庚申塔(北区神谷)

環状七号線と北本通りの交差点は「神谷」ではなく「宮堀」である。そこが無性に気になった。大正時代、隅田川の渡しがあって、神谷の渡し(別名、宮堀の渡し)と呼ばれた。この渡し場は昭和35年まで続いたらしいが、宮堀の由来はわからない。しかし現在も数万台の車が往来する交通の要衝である。この交差点に自性院がある。

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門前には7基の庚申塔が、まるで参詣者を迎え入れるように立っていて壮観である。最も道路側にあるのは、舟型の庚申塔で造立年は貞享4年(1687)9月。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼が描かれ、台石に三猿が彫られている。邪鬼の下には「武刕豊嶋郡  奉供養」とあり年紀が記され、「神谷村 敬白」とある。右の舟型如意輪観音の半跏像も庚申塔。元禄3年(1690)11月造立で、「武刕豊嶋郡神谷村」の銘がある。台石には三猿が同じように彫られている。

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その右には大きな青面金剛像が彫られた豪快な舟型の庚申塔。この青面金剛像は袈裟を纏っていて、袈裟に寛文11年(1671)10月の造立年が書かれている。横には武刕豊嶋郡とあり、道行十二人と書かれている。右側は地蔵菩薩立像の庚申塔。造立年は延宝6年(1678)11月。上部に日月があり、向かって右に「奉供養庚申待二世安樂処神谷村」、左に「武州豊嶋之郡神谷村」と年紀が彫られている。

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道路から遠い2基は、左が聖観音立像の庚申塔。上部に日月があり、向かって右側に「奉供養庚申為二世円満」とある。左には造立年の元禄8年(1695)と「武刕豊嶋之郡神谷村」とあり、台石に三猿が彫られている。右の板碑型の石塔は、元禄元年(1688)11月造立の庚申塔。板碑青面には、「武刕豊嶋郡神谷村願主」「奉供養庚申現當二世安樂所」、そして造立年が彫られている。また、台石にはうっすらと二鶏が見える。

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参道の向かいには小さめの角柱型庚申塔。こちらは文久3年(1863)正月と相対的に新しいもの。本体青面には、「南  庚申塔」とあり、日月と三猿が上下に描かれている。本体右には「右 十條道」、左には「右  下むら  左  王子 みち」とあるので、現在の向きで立っていたものであろう。門前だけでこれだけ並んでいるのは極めて珍しく、一基ずつ堪能させていただいた。

場所  北区神谷3丁目45-1

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