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2020年9月 8日 (火)

大泉寺の石仏(文京区関口)

目白坂を上り始めるとお寺と神社がある。現在は三寺二社だが、江戸時代は倍近くあり、途中の今は無き目白不動新長谷寺には時の鐘があった。時の鐘は江戸市中に9つ、神田本石町(現小伝馬町)、上野寛永寺、浅草寺、芝増上寺、赤坂田町成瀬寺、市谷八幡、本所横堀、四谷天龍寺(現新宿の天龍寺)、そして目白不動である。芭蕉の句、「花の雲 鐘は上野か 浅草か」とあるように、江戸町民はこの鐘を聞いて時刻を知った。

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山門を入って奥に進むと本堂の前の植込みに庚申塔が立っている。駒型で三猿のみの図柄、三猿の並びが横ではなく騎馬戦の騎馬のような体型。造立年は貞享2年(1685)4月、上部には「諸願成就」「奉供養庚申」「皆令満足」と書かれている。願主なのか下の方に「山本氏女」とあった。

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墓所の方に向かうと大きな石仏が5基ほど並んでいる。ほとんどは造りは良いが墓石のようだ。ただ左端が、舟型光背型の阿弥陀如来立像の庚申塔。高さは184㎝もある。阿弥陀像の右には、「奉敬実庚申講為二世安樂也」とあり、左には寛文6年(1666)2月の造立年が刻まれている。長い年月を経てもほとんど欠けのない完璧な石仏である。

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その右には珍しい半跏像の舟型光背型地蔵菩薩像。こちらはさらにきれいな状態を保っているが、造立年は延宝2年(1674)10月とほどんど変わらない古さ。しかしこれはどうも墓石あるいは当時の他界した僧侶の供養に建てられたもののようである。その先に並ぶ地蔵と観音像も墓石ではあるものの素晴らしい作品と言えるくらいの見事な石像である。

場所  文京区関口2丁目3-15

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