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2020年9月 3日 (木)

穴八幡宮の石仏石碑(新宿区西早稲田)

康平5年(1062)奥州の乱を鎮圧した源義家(八幡太郎)がこの地に兜と太刀を納めて氏神八幡宮を勧請したのが穴八幡宮の始まりと言われる。寛永18年(1641)に庵を造るために南側の斜面を切り開くと神穴が見つかりそれ以来穴八幡宮と呼ばれるようになった。江戸幕府(三代家光)の加護を得て鎮守となり大きな神社になり江戸名所図会にも描かれている。また元文3年(1738)に始まった流鏑馬の神事は、新宿区無形民俗文化財に指定されている。

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社殿の手前には豪華で派手な楼門が経っている。赤色は生命の躍動と災厄を防ぐ意味があるらしい。その為穴八幡宮のように赤い楼門を持つ神社も多く、稲荷神社なども同じ意味だという。ただ穴八幡宮の社殿は黒っぽい重厚な権現造りで楼門とのコントラストが大きい。

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楼門と社殿の間にある手水舎に大きな布袋像の水鉢があり、これは徳川家光が穴八幡宮に寄進したものの現代版。本物は非公開で、慶安2年(1649)である。新しいものは大きさも大きく、近代的な曲線面を見せているが、いつかオリジナルを見てみたい。

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穴八幡宮はかつての神田川支流蟹川の左岸の台地の突端にある。蟹川は新宿歌舞伎町を水源にして江戸川橋に流れていた川で、この小さな川の河岸段丘にはいくつもの寺社仏閣が在る。丁度穴八幡の鳥居前の馬場下町交差点が蟹川が流れていた場所。鳥居の下には一対の敷石造立石坂再興碑がある。何気なく立っているが、文政7年(1824)とあり200年も前のものである。

場所  新宿区西早稲田2丁目1-11

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