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2020年10月15日 (木)

南蔵院の石仏(2) (板橋区蓮沼町)

南蔵院の石仏の後半。南蔵院には沢山の石仏石碑がありとても紹介しきれないので、ここでは供養塔は出羽三山のもののみで、あとは庚申と主たる地蔵の紹介にしたい。しかし移転した寺院にこれだけ多くの石仏が集まるのも大したものだと思う。

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最初に出羽三山の石仏。左から羽黒山供養塔の聖観音菩薩像、右が月山供養塔の阿弥陀如来像、中央は月山、湯殿山、羽黒山の三山を祀る大日如来像。中央の三山供養塔は安永7年(1777)で「武刕豊嶋郡蓮沼村」の銘がある。右の月山阿弥陀如来は文化元年(1804)の造立で、左の羽黒山聖観音菩薩も文化元年(1804)、いずれも蓮沼村で建てられたものである。

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上の写真は唐破風笠付の庚申塔。側面には蓮葉が見事に描かれているが正面には文字ばかり。「奉供養庚申待結衆二世祈所」とあり、上部に「覚賢寺」「玉光寺」とある。上部に日月は描かれており、「武州蓮沼村結衆合廿四人敬白」とある。三猿が描かれているのは台石正面である。造立年は寛文11年(1671)2月でかなり初期のもの。

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その後ろにある唐破風笠付角柱型の庚申塔は青面金剛像の陽刻に三猿というデザイン。「奉供養庚申二世安楽所」とある。造立年は延宝8年(1680)9月とこれも古いもの。下部には「武州蓮沼村」とある。

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その手前には自然石の庚申塔がある。造立年は嘉永3年(1850)12月。上部には日月も描かれている。台石に三猿が彫られており、左右に「村内安全」「当所講中 世話人 拾五人」とある。

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石仏群から本堂側に目を移すと、そこには地蔵堂がある。その中に祀られているのは、俗称「はいた地蔵」と呼ばれる地蔵尊。造立年は正徳4年(1714)2月で、台石には「三界万霊」そして「蓮沼村」と書かれている。体の病気に関する地蔵はあちこちにあるが、歯痛はあまり見かけない。珍しいものだと思う。

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本堂手前にある大きな地蔵尊は実は庚申地蔵。造立年は承応2年(1653)で、この時代はまだ念仏講、地蔵講、庚申講、日待講などがはっきりと分かれていなかったようだ。地蔵の背面には「奉造立石地蔵一尊庚申待悉地成就拾人」とあり、武刕蓮沼郷の銘がある。

寺院にある庚申塔などは周辺から移設されたものが多いが、ここの石仏は大半が南蔵院に因むもので、これこそが村ごと移転してきた結果ではないかと考える。

場所  板橋区蓮沼町48-8

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