清水坂上の馬頭観音(板橋区志村)
旧中山道の清水坂は名坂のひとつ。江戸から板橋を過ぎると街道の最初の難所清水坂の下りに差し掛かる。志村の台地から荒川低地に下る急峻な坂道だった。ただ、途中カーブしている坂の中腹から遠く富士山が絶景だったと言われる。街道脇の大善寺は徳川吉宗(八代将軍でTVの暴れん坊将軍に描かれている)が鷹狩りの折の休憩場所にしたが、富士山の景色と美味な湧水に感心し、寺の本尊を清水薬師と命名、そこからこの坂の名前が清水坂となったと伝えられる。
写真は清水坂の坂上だがこの先のカーブから急な下りが始まる。この坂上の石標の10mほど先の民家に目立たない馬頭観音がポツンと立っている。角柱型で正面には「馬頭観世音」とのみ彫られている。
この馬頭観音は大正15年(1926)10月の建立。比較的新しいものである。脇には建立者市川直次郎の銘がある。この馬頭観音は市川家の飼馬の供養のために建てられたものだという。大正15年というとまだまだモータリゼーションは軍などが中心の時代で、民間の多くは馬を使っていた。それから百年、あっという間に都会から馬は殆どいなくなってしまった。
場所 板橋区志村2丁目7-16
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