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2020年10月 6日 (火)

安養院の石仏(3) (板橋区東新町)

安養院の墓所にはさらに多くの石仏があるが、残りは庚申塔を中心に紹介したい。これだけ多くの石仏石塔があると、台石が変わっていたり、笠付の笠がなかったりということが起こりやすいが、比較的保たれているように感じた。

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まずは角柱型庚申塔だが上部の形からして笠が欠損したことが容易に判る。平成7年の区教育委員会の資料によると笠付になっているので、それ以降に無くなったのだろう。上部に日月、そして青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿が描かれており、「奉新造立石塔講衆二世安楽所」とある。造立は元禄10年(1697)11月のもの。

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次は駒型の庚申塔。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄である。造立年は宝暦4年(1754)10月。右面には「奉造立大青面金剛供養講中九人各願悉地所」とあり、左面には「上板橋邑小山願主 小林氏」と彫られている。資料によるとこの庚申塔が以前あった場所は、小茂根2丁目16番地の茂呂山通り沿いにある稲荷神社だったようだ。

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上の写真の庚申塔は後ろの方に置かれていて下が良く見えないが、笠付角柱型で正面金剛像と三猿のみの図柄。造立年は享保12年(1727)だが、実際には「享保十弐龍集戌申稔黄鐘穀日  講中拾四人」とある。「黄鐘(こうしょう)」は11月霜月の異称である。また「上板橋邨」の銘もある。

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上の庚申塔も奥まったところにあり見えにくいが、笠付角柱型で日月はない。青面金剛像のみの図柄で台石に三猿が描かれている。右面には「奉造立大青面金剛供養塔  上板橋」とあり、左面には「講中拾八人」とある。造立年は寛保4年(1744)2月とある。

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ゼニゴケが緑がかったこの笠付角柱型庚申塔は極めて立派な笠なのに角柱部分はあっさりと文字になっている。正面は「大青面金剛供養塔」と彫られその下は明確には確認できなかったが、資料によると薄い刻で、二鶏、邪鬼、三猿があるようだ。造立年は元文2年(1737)11月。「上板橋村  願主 磯右衛門  講中 十一人」とある。この庚申塔も茂呂山通りの稲荷神社にあったものをここに移したという記録がある。

場所  板橋区東新町2丁目30-23

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