« 長徳寺の石仏(2) (板橋区大原町) | トップページ | 常楽院の石仏(板橋区前野町) »

2020年10月19日 (月)

東熊野神社の庚申塔(板橋区前野町)

板橋区前野町(かつての前野村)には二つの熊野神社がある。東の熊野神社は前野村の鎮守だったというが、西の熊野神社も同様に鎮守だったとある。二つの神社が相対していたのか、深いつながりがあるのかについては分からない。創建は不詳だが、おそらくは江戸時代の初め頃に和歌山の熊野那智大社から勧請されて出来たものである。

P1080002

本殿手前の西側には5基の庚申塔が並んでいる。どれも駒型の庚申塔で、江戸時代中期のもの。庚申講の全盛時代にあたる。それでも青面金剛像のひとつひとつが微妙に異なり、どれもなかなか個性があるのが興味深い。

P1080015

一番左の庚申塔は日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄で、青面金剛は右胸の前に上に向けて剣を立てて持つ。右肩脇には三叉鉾を建てている。面白いのは邪鬼の様子で、オヤジが寝っ転がって肘を立てているような姿である。青面金剛に踏みつけられて「しょうがねえなぁ」といった様相になっている。造立年は天明3年(1783)2月とあり、左側側面には「左ハ 志むらぐち」と道案内が入っている。

P1080014

左から二番目は少し黒い石質で青面金剛像のみの造形。三叉鉾は十字槍になっているが、江戸時代初中期の十字を見ると隠れキリシタンかと想像してしまうが、これは違うだろう。造立年は安永8年(1779)1月、右面には「南ハ  右ハ  江戸道  ぞう志やかいどう川越道  川口ぜんかうし」とある。位置的には北西に向かえば川越、盗難に向かえば江戸になる。

右の庚申塔も十字槍である。青面金剛像の上下には日月、邪鬼、三猿が描かれている。造立年は安永2年(1773)8月。右面には「従是戸田道」とある。隣の庚申塔とはもともと立っていた場所が異なるのだろう。

P1080013

右端の二基の左側は上部が若干欠損している。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄。右側面に年紀があるのだが、「享保〇〇〇十一月…」とあり年数が読めない。享保年間は1716年~1735年と長いので欠損が残念である。右端は、元文2年(1737)11月造立の庚申塔で、日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿が描かれている。「前野村講中九人」の銘がある。

場所  板橋区前野町3丁目38-3

|

« 長徳寺の石仏(2) (板橋区大原町) | トップページ | 常楽院の石仏(板橋区前野町) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 長徳寺の石仏(2) (板橋区大原町) | トップページ | 常楽院の石仏(板橋区前野町) »