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2020年10月11日 (日)

蓮沼町1の庚申塔(板橋区蓮沼町)

姥ヶ橋交差点の北側には国立西ヶ丘サッカー場(現味の素フィールド西ヶ丘)や官庁関係の施設が広がっているが、この四角いエリアは昔の兵器庫の敷地。地図を見るとここだけ、ちょうど江戸時代の吉原のように長方形の地形が見える。赤羽から十条のこの一帯は戦前まで至る所に軍の施設がある地域で、それだけに戦災も激しかったようだ。

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そんな西ヶ丘サッカー場の西側の小さな丁字路に二基の庚申塔がある。この丁字路は軍の施設ができる以前の江戸時代から明治初期にかけては十字路だった。そして東の稲付村、北西の蓮沼村、南西の前野村の3村の村境でもあった場所であるから、庚申塔の場所としては典型的な場所ということになる。

右の小さいほうの角柱型は明治29年(1896)3月のもので、前面には「庚申塔」、右面には「北 あかば▢  南 いたばし 道」と道標が刻まれている。前面下部には「下講中」とあるが、何の「下」なのかは不明。

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左の駒型庚申塔は高さが115㎝ある立派なもの。造立年は正徳2年(1712)9月と300年以上も昔。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿が描かれている。「武刕蓮沼村」の銘があり、台石には願主名が沢山彫られているが福田姓が過半数である。台石左面には「開眼供養  南蔵院住法印宥口」とあるので、ここから北西へ500mほどの南蔵院がらみ。台石右面には小さく、「北ハ 川口善光寺道  南ハ いたは志みち」とある。

南蔵院周辺の現在の蓮沼の住民は、荒川の水害で享保9年(1724)にこの辺りに移転してきた。駒型の庚申塔はそれ以前のものということになる。造立はおそらく荒川沿いの時代であって、それでこの道標に合点がいく。

場所  板橋区蓮沼町1-18

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