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2020年10月 5日 (月)

安養院の石仏(2) (板橋区東新町)

墓所入口の向かって左手に多数置かれた石仏群。その中からまずは最前列のものを見ていくことにする。おおよそ2~3列に置かれた石仏群はおよそ30体弱ある。何割かは墓石で、後にイヌシデの大きな木があるが、その根元に食い込んでいる板碑型の石仏も墓石であった。手前右から見ていきたいと思う。

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一番右にあるのが丸彫の地蔵菩薩立像。造立は安永7年(1778)2月で、昔は台石があり、資料によると「念佛講中拾五人為菩提矣」とあったようだ。右から二番目は庚申塔。唐破風笠付角柱型で、正面には青面金剛像のみで他の彫り物はない。造立年は安永5年(1776)8月で、願主小宮玄石とある。

その左の笠付角柱型の石塔は石橋供養塔のようだ。四番目は駒型の庚申塔。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄で、下部には栗原村の銘。造立は正徳5年(1715)12月である。栗原村は安養寺よりも西側にあった村で、現在は桜川1丁目になっている。江戸時代後期からは上板橋村の小字になったようである。

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駒型庚申塔の左には角柱型の文字塔の庚申塔がある。前面に大きく「庚申」と書かれていて、右面には「右 山▢▢道  栗原金太郎 主」、左面には「左 あらい薬師道」とある。造立年は文久2年(1862)2月。新井薬師は分かるが山▢▢に関しては、東京近辺で山で始まる地名は思い当たらない。

その左は駒型の馬頭観世音。文化元年(1804)11月の年紀。上部に日月があるのは庚申の名残りだろうか。その左の地蔵菩薩はどうも以前あった六地蔵のうちの一基のようである。

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地蔵の少し左手の足元にあるのが珍しい形の馬頭観音。角柱でもあり自然石っぽくもある。造立年は嘉永6年(1853)4月。「当村 願主 小野沢権右衛門」とある。

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最前列ではないが、左端の方に少し奥まって立っている地蔵菩薩立像は出所が資料で確認できた。昔は台石に載っていたようだ。造立年は正徳5年(1715)10月。「武刕豊嶋郡上板橋村の銘」に、さらに「施主講中二十三人、奉造立地蔵尊、為二世安楽也  小林勘左衛門」とあったもの。

まだまだ終わらない。次は二列目以降だ。

場所  板橋区東新町2丁目30-23

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