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2020年11月 9日 (月)

ケヤキ株横の庚申塔(板橋区赤塚)

赤塚の台地を東西に走る都道長後赤塚線はもともとあった鎌倉古道と交差する古い道筋に通された道路である。松月院の西200mの交差点から斜めに分岐する道がその道の名残りで、少し西に進むとケヤキの切り株の脇に庚申塔が立っている。ここには1本のケヤキがあったのを、理由は不明だが樹勢もあるのに2018年頃に伐採されてしまった。

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ケヤキとセットで景色を醸し出していたのに残念である。この庚申塔もこの道を行き来する人々の目印になっていたに違いなく、この辺りは野口集落の一部で、前述の野口の庚申様と講中は重複していたのかもしれない。

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角柱型の庚申塔の造立年は宝暦2年(1752)12月。彫られているのは文字だけで、「奉造立庚申供養塔爲二世安楽」と書かれている。願主は春日伊右衛門、講中八人とある。野口の庚申様周辺には多くの民家が江戸時代から集まっていたが、この辺りは民家もまばらだったようだ。民家が今のように立ち並ぶようになったのは1980年代だった。現在はこの辺りには図書館や支所、体育館などがあり地域の中心になっているが、昔は追剥(おいはぎ)が出てもおかしくない景色だったのだろう。

場所  板橋区赤塚5丁目8-3

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コメント

佐野様

情報をありがとうございます。おそらくどこかの寺院か区の施設に移したのかもしれませんね。松月院あたりが可能性がありそうですが、私も次回そちらに行ったときには確認してみます。

投稿: ぼのぼのぶろぐ管理人 | 2021年11月 8日 (月) 21時40分

2021年11月6日、用事で前を通ったところ、庚申塔も丸い石もなくなっていました。切り株も地上すれすれまで切り倒されていました。どこに移動されたのかは分かりません。

投稿: 佐野 | 2021年11月 8日 (月) 16時41分

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