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2020年11月16日 (月)

大原不動堂の石仏(品川区豊町)

東急大井町線戸越公園駅から戸越公園南口商店街を南へ300mほど進んだところに大原不動尊がある。駅の北側にある戸越公園は、江戸時代肥後国(熊本県)藩主細川家下屋敷で見事な庭園を築造していた。その回遊式庭園が現在にも残っている。

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堂宇に祀られているのは六十六部廻国供養塔で、かつて上蛇窪村から、池上、洗足、品川方面へ至る道の分岐点に建てられていたものを昭和38年(1963)にわずかに移動してここに祀ったという。現在の品川区二葉と豊町の一帯は江戸時代には蛇窪村という村だった。実際には細川屋敷側の下蛇窪村と南阿川の上蛇窪村に分かれていたようだ。当時は立会川の上流に当たり、雨が降ると災害になっていたのかもしれない。地名につく蛇と窪は昔の人々がその情報を地名に埋め込んだものである。

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回国供養塔の上には後に不動尊の本尊が載せられたようだが、元々の供養塔は下の角柱部分である。中央に「奉納大乗妙典六十六部廻国」、「国土安全 武州荏原郡品川領上蛇窪村惣道行中」とある。右面には「これより左 せんそくミち 志なかわミち」、左面には「これより右  いけかミ ミち」とある。造立年は享保17年(1732)10月。せんそくは洗足、志なかわは品川、いけかみは池上である。

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堂宇左には板碑型の庚申塔が並んでいる。手前は板碑型の庚申塔で、頂頭部が欠けている。陰刻で、日月、「奉貴待帝釈天王守処」とあり、下部に三猿が彫られている。三猿の脇には小さく7人の願主名が彫られていた。造立年は天和元年(1681)11月とある。

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その奥の庚申塔も同様の板碑型である。造立年は天和2年(1682)10月で、日月の下には「青面金剛守護所」と彫られている。これも下部には三猿が陽刻で彫られていて、同じように三猿脇に願主名がある。森谷姓が多い。

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堂宇の右側には笠付角柱型庚申塔がある。正面には「奉尊禮帝釈天王」と書かれ、その下に横ならびに「處鎮護」とあるが意味は分からない。台石には三猿が陽刻されている。造立年は元禄元年(1688)11月で、上蛇窪村の銘がある。庚申塔はすべて上蛇窪村の村民によって造立されたもので、元々の不動堂の左隣に並んでいたという。

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