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2020年11月14日 (土)

奥沢神社の庚申塔(世田谷区奥沢)

室町時代、東国支配は鎌倉府によって行われ、鎌倉公方(くぼう)とか関東公方と呼ばれた。鎌倉公方の補佐役として置かれたのが関東管領で、上杉氏がその任にあたった。足利氏の流れをくむ上杉氏配下の吉良氏は、やがて戦国時代に入ると、関東武蔵国の国衆のひとつとして世田谷周辺を支配するようになった。その吉良氏の家臣大平氏が奥沢城(現在の九品仏浄真寺)を築いた時にその守護として勧請して創建した八幡神社が後に奥沢神社となった。

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そんな奥沢神社の境内を入ると本殿手前に銀杏の巨樹がある。その脇に角柱型の庚申塔が立っている。造立年は享保13年(1728)10月。細めの角柱で正面には「奉供養庚申之塔」とあり、左面には「これより右江九ほん仏道」、右面には「これより左江ぬまへ道」とある。ぬまへは沼部のことだろう。

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本殿奥左手には台石に載った地蔵菩薩坐像がある。造立年は享保20年(1735)11月で、「奉納地蔵尊女講中」とあることから、女念仏講によるもの。台石側面には「武刕荏原郡瀬田ヶ谷 奥沢村」の銘がある。

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地蔵の前に並んでいるのが2基の庚申塔と供養塔。右の駒型庚申塔は安永8年(1778)10月の造立。青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄で、左面には「奉造立庚申供養」、右面には「武州荏原郡世田ヶ谷領 奥沢村八幡前 拾人講中」とある。左側の庚申塔は同じく駒型で、享保3年(1718)8月の造立。8月は珍しい。日月、青面金剛像、二鶏、三猿が描かれており、青面金剛の頭部が蛇になっている。「武州荏原郡世田谷領奥沢村」の銘がある。

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入口に戻って鳥居脇の道標を兼ねた角柱型供養塔を見る。享保13年(1728)11月の造立で、正面上部に如意輪観音像、その下には「右 品川 ミち  左  めくろミち」とある。裏に回ると、「羽黒山、湯殿山、月山、奉納、秩父西国坂東 百番供養塔」「右 ふすまミち  左 九ほんぶつ道」と書かれている。左面には「武刕荏原郡世田ヶ谷領 奥沢沖ノ谷  願主 中山市左衛門」とあり、右面には「天明6年(1786)6月」の造立年と「当地奥沢本村」と彫られている。なかなか欲張りな供養塔である。

場所  世田谷区奥沢5丁目22-1

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