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2020年11月24日 (火)

八百屋お七の墓と庚申塔(文京区白山)

白山にも名のある坂が多い。そのうちのひとつ浄心寺坂下にある円乗寺は元和6年(1620)の開山で、八百屋お七の墓があることで有名である。以前浄心寺坂の取材で来てから約4年ぶりの訪問で、円乗寺がすっきり都会的な改装をしていたのには驚いた。ごちゃごちゃしていた時代感のある山門付近もまるで新しい寺院が出来たかのように広々としてすっきりしていた。もっとも私は前の方が好みだが。

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山門からまっすぐに入っていくと塀側に六地蔵があり、その先に八百屋お七の墓がある。八百屋お七の話については浄心寺坂のページにも書いたので割愛させていただくが、ざっくりと言えば天和の大火が天明6年(1786)12月に起こり、その放火犯としてお七は罰せられ、翌年3月に火あぶりの刑で処刑されてしまった。

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お七の墓には3基の石塔がある。中央の小さなものは諸説あるが供養のために円乗寺の住職が建てたものとされる。右の中折れが痛々しい角柱は、後に歌舞伎役者の岩井半四郎がお七の興行が大成功した寛政年間(1789~1801)に御礼供養として建立したもの。そして左の新しい角柱は270回忌の昭和中期に近所の有志が建立した供養塔である。お七の処刑後わずか3年で井原西鶴は『好色五人女』にこの事件を描き、それ以降300年間もの間繰り返し作品にされてきた。至近のものでは2013年に元AKB48の前田敦子が主演でドラマ化されている。

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お七の墓の先にひっそりと角柱型の庚申塔が立っている。造立年は天明6年(1786)12月だから、八百屋お七の事件の数年後のものである。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄で、保存状態は極めて良い。江戸時代の日本は実におおらかで、罪人がヒーローになったり、その傍らで庚申信仰のような民間信仰が盛んにおこなわれていたりする様子は、武士の時代だがとても平和な時代だったことが想像できる。

場所  文京区白山1丁目34-6

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