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2020年11月 6日 (金)

松月院の石仏(1) (板橋区赤塚)

松月院は大きな寺院である。関東で勢力のあった千葉氏の中でも武蔵千葉氏の自胤(よりたね)が、延徳4年(1492)にこの寺を菩提寺とした。墓所には千葉氏のエリアがあるが、これは武蔵千葉氏のもの。千葉氏は宗家以外に、武蔵千葉氏、下総千葉氏、また分家には、西千葉氏、東千葉氏、九州千葉氏、千田氏がある。ここは宗家に近い武蔵千葉氏の菩提寺である。

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立派な山門だが、その山門の前にも参道があり、参道脇にはいくつかの大きな石仏が並んでいる。江戸時代は幕領であったので、徳川家の加護がありさらに力を持つようになった。

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参道の一番手前にあるのは昭和に入ってからの新しい丸彫の地蔵菩薩立像である。造立は昭和14年81939)10月。台石には「徳性院冨光済美大姉」とあるので、有力者の御母堂か何かの供養に寄進したものだろう。

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その先、山門手前にあるのは、左が享保9年(1724)8月造立の丸彫地蔵菩薩像。願主名については、いくつか名前があり、上赤塚村三十七人、徳丸村十一人、四〇村(おそらく四葉村)五人、下赤塚村四十一人、と書かれている。松月院が江戸時代如何に広い地域に影響を及ぼしていたかが分かる。

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境内に入り、本堂へはさらにもう一つ門をくぐる。そこ門の裏手に多くの墓石が並んでいるが、この聖観音立像(舟型)は目に留まった。造立年は宝暦4年(1754)3月。「静盛禅定門霊位」とある。この先は墓所に入っていくのだが、境内が広くてすべてをチェックできなかったのが残念である。

場所  板橋区赤塚8丁目4-9

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