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2020年12月19日 (土)

善福寺の石仏(杉並区善福寺)

正直なところ善福寺はもっと大きな寺院だと思い込んでいたが、意外にシンプルな寺でいささか拍子抜けした。しかしそこは曹洞宗寺院だから、華やかさはなくて当然である。創建年代は不詳。というのも古い時代に善福寺池の傍に、善福寺と万福寺という二つの寺があったが、後に廃寺となったと伝えられる。それがいつ今の善福寺に繋がったのかはわかっていないらしいのである。池の名前だけでなく、地名にもなっているが、このギャップが意外に心落ち着く気がした。

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実は寺の外(厳密には敷地内)に複数の庚申塔があるが、ここでは境内内部のみの紹介としたい。広い境内の本堂に向かって左側と右側にぽつぽつと石仏がある。左側には地蔵菩薩がある。

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大きな丸彫の地蔵菩薩立像が2体並んでいるが、その左側は享保12年(1727)9月の造立。施主は上荻久保村の小張吉兵衛と彫られている。千日念佛の供養仏で、念佛之講中村々とあるので、近隣の村の念仏講中が集まって寄進したのだろうか。

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右側の地蔵尊は天明8年(1788)9月の造立。「善福寺 新町 向原 念仏講中 遅野井村」とあり「近郷村々 志衆中」とあるので、江戸時代中期は複数の村の地蔵講が一緒になって行事を行っていた可能性が高い。願主は石井金十郎、本橋小右衛門とあり、石工名も「江戸本材木町八丁目 石工 上総屋治助」と彫られている。本材木町とは今の日本橋の首都高環状線が通っているところで、当時は楓川という堀があり、その西側が本材木町だった。

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その他境内には面白い石仏がいくつかあり、この双体道祖神もそのひとうである。なかなか東京23区で双体道祖神は見かけない。おそらく時代はかなり新しいのだろうが、本堂向かって右手の植込みの間にひっそりと佇んでいた。

場所  杉並区善福寺4丁目3-6

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