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2020年12月 3日 (木)

南蔵院の庚申塔・石仏(豊島区高田)

宿坂下の金乗院をさらに南に下り、神田川に架かる面影橋に向かうと変則交差点のところに南蔵院がある。奥州平泉の藤原秀衡持仏と伝えられる薬師如来像を円成比丘(永和2年[1376]寂)が廻国修行に携えていたが、当地に安置して一寺を創建したという由緒。江戸名所図会『高田』には南蔵院が描かれ、境内には薬師堂が描かれている。

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開山は室町時代と伝えられるが、明治以前にはこの寺の境内にも広い池があった。明治になって徐々に縮小し、大正時代には地図から消えている。昔あった池は「鏡池」といい、それで寺の山号は大鏡山というらしい。以下は南蔵院薬師寺である。

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境内に入ると右手にずらりと石仏が並んでいる。なかなか壮観である。一番手前にある2基の角柱はどちらも馬頭観音。右側は大正4年(1915)12月造立の馬頭観音塔で、上部にある馬頭の彫り物が素晴らしい。石井文蔵建立と書かれている。左の大きい方は、明治43年(1910)1月造立の馬頭観音塔。

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次には庚申塔が並ぶ。右の大きい笠付角柱型の庚申塔は、延宝8年(1680)仲冬とあるので11月の造立。日月と三猿が彫られている。中央には「奉供養庚申塔婆」と書かれている。高田には「塔婆」と書かれた庚申塔が複数ある。卒塔婆の塔婆と同じ意味だろう。通常墓石の後ろに立てる木製の細長い板で経文や戒名を書く。塔婆にも五重塔と同じ五大(空、風、火、水、地)が刻まれていて追善供養に用いられる。隣りの笠付角柱型庚申塔は日月・青面金剛像・三猿のデザイン。造立年は貞享3年(1699)2月。

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その横には駒型の庚申塔(小さいほう)があり、この三猿は面白い配置で、中央の言わ猿が後ろのポジション。造立年は元禄12年(1699)5月である。左の庚申塔は元は笠付きだろう。笠欠角柱型で、青面金剛はかなり摩滅している。その下には邪鬼と三猿がいて、台石には「奉納」とある。側面を見ると享保20年(1735)2月の年紀がある。

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庚申塔の先には、丸彫の地蔵菩薩立像と舟形光背型っぽい不動明王が並んでいる。不動明王のこのタイプは珍しい。どちらも文字らしいものは見受けられず、年代も不詳である。さらにその先には沢山の無縁仏とその手前に六地蔵、その先にもまた無縁仏と沢山の石塔が建ち並ぶ。

場所  豊島区高田1丁目19-16

 

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