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2021年1月29日 (金)

宝幢院第一墓地の庚申塔(北区赤羽台)

宝幢院から南西に向かう道はかつての板橋道、今はうつり坂を経て赤羽台に上る道で、その一本北側の八幡坂が大恩寺を経て小豆沢から中山道に繋がる道である。この八幡坂の南側に広がるのが宝幢院の第一墓地。本堂のある宝幢院には墓地がない。おそらく昔はあったのだろう。それが陸軍や鉄道に敷地を奪われて今の形になったのではないかと思う。

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北区の資料によるとこの宝幢院第一墓地の中に庚申地蔵があると記されている。墓地内を探し回ると、中央あたりにようやく見つけた。歴史の古い寺院とその墓地なので、同じような舟型光背型の地蔵や如来の墓石が沢山ある。各家の墓地の中にもいくつもあるのである。文字を読みながらようやく見つけた庚申地蔵はなかなか立派なものであった。

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残念ながら右肩上が大きく破損している。昭和の資料の写真も同様なので空襲によるものだろうか。庚申地蔵である目印は基壇にある三猿の陽刻である。地蔵菩薩立像の脇には日輪、月輪があり、下部には蓮弁が描かれている。「為二世安樂庚供養」の文字と「念佛供養」の文字がある。造立年は正徳2年(1712)11月である。赤羽台の石仏には安山岩と同じくらい玄武岩のものが多い。これは材としては特徴的である。

場所  北区赤羽台3丁目4-20

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