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2021年1月26日 (火)

赤羽宝幢院の石仏(1) (北区赤羽)

赤羽駅の北にある宝幢院は正式名を医王山東光寺という真言宗の寺院。開山は寛正2年(1461)と古く、江戸時代には家光から朱印を与えられて繁栄した。元は浮間村西野(現在の浮間四丁目)にあったが度重なる水害でこの地に移転してきた。法幢院前は江戸から来た日光岩槻道が北に折れ、そこに板橋道が合流する交通の要所であった。

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そんな往時をしのぶことが出来るのがこの道標。元文5年(1740)12月に建てられたもので、街道の合流地点で人々に行く先を教えてきた。三面にはそれぞれ、「東  川口善光寺道 日光岩付(槻)道」、「西  西国冨士道 板橋道」、「南  江戸道」と彫られている。以前は囲などなかったが、車が突っ込むのを防止しているのか頑丈な鉄製の囲いが出来ていた。

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道標は駐車場の入口にあったが、本堂前の入口脇にあるのが面白い顔をした地蔵菩薩立像で小堂に祀られている。残念ながら、造立年等の詳細は分からなかった。門の中に入ってみるとそこにも石仏が並んでいる。

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大きな堂宇にあるのが六地蔵。概ね1740年~1741年に作られたものである。右から、元文6年(1741)1月、元文5年(1740)12月、寛保2年(1742)2月、元文6年(1741)2月、元文5年(1740)12月、寛保元年(1741)12月の年紀で、3年に渡っているように見えるが元文6年は3月から寛保なので、1年3ヶ月の間に続けて造立されたものである。赤羽根村の念仏講中、女中念仏講中の銘が多い。

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六地蔵の隣には大きな馬頭観世音塔と出羽三山供養塔が並んでいる。右の馬頭観音は明治41年(1908)4月の造立で、「馬持中」とある。これは当時馬を飼っていた裕福な村人の馬持講中によるものである。出羽三山供養塔は月山、湯殿山、羽黒山の三山の供養で、富士講大山講に次ぐ人気があったようだ。

場所  北区赤羽3丁目4-2

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