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2021年1月15日 (金)

光明院の石仏(杉並区上荻)

荻窪駅の少し西で環状八号線が中央本線をくぐる。その西側にあるのが真言宗の寺院で慈雲山荻寺光明院。とても古い寺で、和銅元年(708)開創の伝承があり、荻寺の名前が由来になり荻窪の地名が出来たという。この寺院由来の地名としては環八と青梅街道の交差点四面道もその一つだという。荻窪駅西口から西へ線路沿いに進むと環八を渡り、その先が寺院の入口になっている。

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入口脇には沢山の地蔵菩薩が並んでいる。実は最右の白い地蔵を除いては、二組の六地蔵である。手前の低い方は享和3年(1803)の六地蔵で、それぞれ女性を祀っている。右から二番目の細身の地蔵には「武列多摩郡大宮前新田」の銘があるが、荻窪と大宮前とは関係が深く、西荻窪駅から大宮八幡宮へ斜めに伸びる道路は昔は新田道と呼ばれた歴史ある道である。後の大きい方の六地蔵は、元文5年(1740)の造立。それぞれ下荻窪村、上荻久保村(上荻窪村)、天沼村の銘がある。

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その向かいの竹藪にあるのは不動明王像。脇侍である二童子はいない。造立年は延享3年(1746)11月で、火焔を背景にした立像だが、左上の火焔が一つだけ迦楼羅鳥(かるらどり)の首になっている。迦楼羅は鳥類の王とされ、口から火焔を吐き、龍を捕えて常食すると言われる。『ウルトラQ』の第一話に出てきた原始怪鳥リトラのモチーフかと思って調べたがそうではないらしい。円谷プロよりもはるか昔から人々は迦楼羅の存在を想像していたのは凄いことだと思う。

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少し本堂寄りに進むと凸凹の石仏が並んでいる。寺のHPでは、「小張吉兵衛が建立した阿彌陀様、観音様、勢至菩薩の4体の大きな石仏。吉兵衛が両親と奥さんを相次いで亡くし、悲しみをまぎらすためにお地蔵様を建てた。建てた当時は普通のお顔だったが、だんだん悲しみの顔にかわり、ついに泣きべその顔になった、と伝えられている。」とあるが、小張吉兵衛が造立したのは台石の文字を見ると左の3基のみである。但し4基とも造立年は享保13年(1728)10月。

右の大きい地蔵には小張吉兵衛の名前はない。代わりに講中八十二人、小張今右衛門妻の銘がある。残りの3基は昭和12年(1937)7月に子孫の小張義三氏が修復をしている。それぞれ右から勢至菩薩像、阿弥陀如来像、聖観音菩薩像である。この左の3基を弥陀三尊とする説もある。

場所  杉並区上荻2丁目1-3

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