« 給田観音堂の石仏(2) (世田谷区給田) | トップページ | 善性寺の石仏(世田谷区豪徳寺) »

2021年2月 4日 (木)

西福寺の石仏(世田谷区赤堤)

真言宗豊山派の西福寺は世田谷区赤堤にある古刹。創建は本能寺の変の翌々年の天正12年(1584)で高野山金剛峯寺の傘下にある。寺は実際にはそれ以前からあったようだが江戸時代に火災に遭い昔の記録は焼失したので不詳。本堂はその火災の後文化元年(1804)に再建されたもので築二百年を超える。

Img_0908

山門手前にまっすぐな参道があり、その傍らに石塔がある。宝暦5年(1755)9月に建てられた道標である。正面には「大師遍照金剛一番西福寺  赤堤村 念仏講中」とある。左右には、「左リ 二十一番当村善性寺 七丁余」、「右リ 二番上北沢村密蔵院 八丁余」とある。当時の道筋から考えてこの道標は、赤堤通りの一本北側の現在のプラウド経堂コートテラスという大きなマンションがある辺りにあったものだろう。

Img_0911

山門をくぐり本堂をみて左に、墓所に向かう手前に2mを超える高さの地蔵菩薩がある。台石には「百万遍講中」とあり、荏原郡赤堤村の銘があるが、延享▢年2月と年数のところが読めない。延享年間は1744年から1747年までである。左右には惣連(赤堤村)百人、松原村12人、川嶋村4人、三宿村3人などと周辺の村の銘もあり、遠くは和泉村、岩戸村と現在の狛江市辺りまでの人々が百万遍の願主だったことがわかる。

Img_0913

墓地に向かって進むと、銀杏の大木の下に不揃いな六地蔵がある。この不揃いさが良い。人はさまざまということを語り掛けているようである。年代は享保8年(1723)~享保13年(1728)にかけてのもので、右端から、享保8年(1723)11月、享保9年(1724)11月、享保10年(1725)8月、享保11年(1726)7月、享保12年(1727)7月、享保13年(1728)10月と、一年毎に造立されているのが面白い。どれも赤堤村の女中光明真言講中によるものである。

場所  世田谷区赤堤3丁目28-29

|

« 給田観音堂の石仏(2) (世田谷区給田) | トップページ | 善性寺の石仏(世田谷区豪徳寺) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 給田観音堂の石仏(2) (世田谷区給田) | トップページ | 善性寺の石仏(世田谷区豪徳寺) »