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2021年2月15日 (月)

龍福寺の石仏塔(板橋区小豆沢)

旧小豆沢村の北の崖線を上る坂道は多く、その中でも龍福寺の北の崖を下る寺坂は巨樹に包まれて昔ながらの姿を残している名坂である。しかし寺坂の表示板もなく意外と知られていない。坂上の龍福寺は真言宗智山派の寺院で、室町時代の創建という寺伝もあるが詳細は不明。かつては20基あまりの板碑があったというが、現在は半分以下になっている。

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境内にある石仏塔は見事である。こういう風に石仏や墓石を集めて無縁仏塔を立てている寺院は多いが、龍福寺のそれは逸品の塊である。主として庚申塔から成り、一部供養塔が混ざる。上下2段に組まれており、最上部に大日如来が座す。この塔だけで20基程度の石仏石塔があるので、いささか長くなりそうである。

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下段から紹介したい。上の写真於左の庚申塔は笠付角柱型の庚申塔で、享保4年(1719)3月の造立。正面は、日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼が描かれ、基壇に三猿が陽刻される。「武刕豊嶋郡小豆沢村」の銘があり、台石には「講中 廿三人  願主 了吉」とある。右の板碑型庚申塔は、年紀が一部欠損していて元禄年間のものだとは分かるが年号が見えない。2月のものである。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄で、「奉造立庚申供養二世悉地成就所」と記されている。左側に小豆沢村の文字も見える。

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空から見て反時計回りに回ると、次は駒型のゼニゴケだらけの庚申塔。正徳2年(1712)2月の造立で、日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄。「奉造立庚申爲二世安楽也」「豊嶋郡小豆沢村」とある。右側の舟型の庚申塔は、元禄3年(1690)2月の彼岸中日に建てられたもの。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄で、「奉造立庚申待供養所願 成就 結衆」「武刕豊嶋郡小豆沢村」とある。

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その隣にある大乗妙典廻国供養塔については不詳なので写真も割愛。その横が角柱型の庚申塔で、日月と「庚申塔」という文字は認識できるがほぼ摩滅していてよく分からない。左面の隙間には道標も書かれている。その右の板碑型庚申塔もかなり摩滅が酷いが、正面には「奉造立庚申供養二世悉成就也」とあり、右脇に「武刕豊嶋郡小豆村」と(沢)が抜けている。造立年は天和4年(1684)2月彼岸中日とある。この辺は陰暦だろうから今の3月に当たるのだろう。

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板碑型の隣は続けて板碑型の庚申塔。こちらは万治3年(1660)2月と古い。中央に「奉唱念庚申供養一基」とあり、脇に「武州豊嶋郡小豆沢村」の銘がある。右側の駒型庚申塔は正徳4年(1714)2月の彼岸の日の造立。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄で、「奉造立庚申供養所願成就二世悉地攸」と書かれている。左の下には小豆沢村の文字も見える。

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下段の最後は駒型の庚申塔。造立年は元禄7年(1694)11月。青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿が描かれ、下部には「武州豊嶋郡小豆沢」の銘がある。右脇には「奉造立庚申供養二世悉地成就所」とあり、下の平たいところに願主名が沢山刻まれているが判読できない。

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下段は一周回ったので上段に移ると、上部の大日如来の左腕の下あたりにあるのが日月の飛び出した駒型の庚申塔。造立年は天保7年(1836)5月とある。日月の下には文字で「庚申塔」とあり、その下に三猿が陽刻されている。左面には「中内出」と書かれているようだが、正しくは「中内臺」となるはずのところか。中内臺とは寺坂の下の古い小字である。右側の角柱は秩父・西国・坂東の百箇所巡礼記念の供養塔である。

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反対側の大日如来の右腕の下にある板碑型の庚申塔は貞享3年(1686)霜月(11月)造立のもの。日月の下には「奉供養庚申待二世悉地成就」と書かれており、脇には「武刕豊嶋郡小豆沢村」の銘がある。かなり傷んできているようだ。

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上段青面にあるのは駒型だがちょっと変わった文字塔の庚申塔。造立年は寛政6年(1794)3月とある。「武州豊嶋郡志村講中」とあり、これは小豆沢村ではなく志村のもののようだ。これらの石仏石塔の上に座すのが大日如来像である。

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この大日如来坐像は首が折れた痕跡がある。造立年は宝暦7年(1757)12月だが、台座正面に「八日講所願成」と書かれている。台座には他に「浮間邑講中」の文字も見られ、願主名の多さから複数の村の講中が参加しているのではないだろうか。月待講はあちこちで盛んにおこなわれていたようだが、日待講もまた日の出を待つ講中である。人々が一定の碑二決められた場所で、夜通し忌み籠りなどをして日の出を拝む行事であった。月待以上におそらく歴史は古いのではないかと思われる。

場所  板橋区小豆沢4丁目16-3

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