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2021年3月19日 (金)

長泉院門前の庚申塔(目黒区中目黒)

武蔵野台地に出来た村々を結ぶ道は主に谷の川沿いと台地の尾根筋を通っている。台地への道は川と川の合流点を頂点にしてその間に出来た舌状地の尾根を通ることが多い。江戸時代以前の人々は地形に対して素直にかつ便利になるように道を作っている。金に任せて切通しを作ってなんていうのは豊臣秀吉と近現代の土木ぐらいである。

目黒川とその支流である羅漢寺川(目黒不動下を流れる)の間の舌状地を上るのが十七が坂、それを目黒川低地から上ってくるのが馬喰坂で、二つの道は尾根で交差し、西へ進むと祐天寺と中目黒の間に出る。この尾根筋の道は昔から庚申道と呼ばれた。下流から十七が坂上の庚申馬喰坂上庚申藤の庚申天祖神社の庚申と庚申を繋ぐように走っている。

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馬喰坂庚申と藤の庚申の間に長泉寺がある。創建は宝暦11年(1761)だがなぜか寺よりも併設の「現代彫刻美術館」の方が規模が大きく目立っている。初代館長渡辺泰裕氏の道楽なのだろうか、寺の境内の数倍の広さの野外展示場があり、Watanabe Collectionと銘打っている。その入口脇にあるのが、極めて素朴な駒型の庚申塔である。

Img_1798

造立年は寛政元年(1789)11月で寺の創建から30年弱経った頃のもの。正面には「庚申供養塔」と彫られ、脇には「武州荏原郡中目黒村講中」と書かれている。この庚申塔は馬喰坂下の個人宅の庭から発掘されたもので、真ん中で色が違うのは戦災か何かで壊れたものを修復したのだろうか。広大には内海とあるがこれは奉納した檀家の名前と思われる。

場所  目黒区中目黒4丁目12-19

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