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2021年3月26日 (金)

高円寺陸橋下庚申堂(杉並区高円寺南)

近代的な幹線道路である環状七号線と青梅街道の交差点名は高円寺陸橋下という。この交差点の北側、環状七号線内回り(東側)の旧村道の交差点に赤い稲荷の鳥居があり、民間信仰石塔という名で説明板と4基の石仏が祀られている。

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もともとは上の写真の左に移っている旧村道に南向きに立っていたらしい。したがって、路地の北側が旧所在地である。しかし環状七号線という首都でも最大級の幹線道路が通ることで環七に向くように建てられたという。江戸時代はというと、青梅街道以北が高円寺村、南西側の馬橋村、南東側が和田村という地理関係で、村境の場所でもあった。おそらく塞ノ神としての意味も大きかったのだろう。

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阿弥陀如来像2基は北側を向いて立っている。右の駒型の阿弥陀如来像は享保6年(1721)7月4造立。「寒念佛供養為同行二世安楽」とあり、「念佛 宮田長大夫」と書かれているので、念仏講中によるものだろう。左の舟型の阿弥陀如来像は寛文10年(1670)11月の造立。「空風火水地智本林栄居士 覚位 村田伝右衛門」とあり、下部には和田村の銘もある。

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一番奥にはこちらは環七方向を向いた2基の庚申塔が立っている。右の駒型庚申塔は、日月、一鶏、邪鬼、三猿の図柄で1.3mある大きなもの。「奉納庚申供養 □□寺村(高円寺村) 同行二十人」とあり、造立年は正徳3年(1713)11月である。左側は台石の下にさらに基壇が加えられているが本体は1.1mほど。こちらには「奉建立庚申施主諸旦那為平等利益也」とあり、中央は日月、青面金剛像、三猿の図柄。造立年は元禄7年(1694)9月である。

場所  杉並区高円寺南1丁目11-9

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