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2021年3月12日 (金)

品川寺の石仏(品川区南品川)

京急線青物横丁駅の傍にある品川寺、「ほんせんじ」と読む。寺伝によると弘法大師空海による開山(大同年間:806年~810年)とされるが、真偽は不明。しかし古いのは本当に古いらしく、江戸城を築いた太田道灌によって伽藍が建設され大円寺と称したようだ。一時荒廃するも江戸時代初期に再興され現在に至っている。

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石仏ではないがとても目立つので抜かすわけにはいかないのが銅造地蔵菩薩坐像。江戸六地蔵の第一番で、宝永5年(1708)の建立である。江戸六地蔵は5基が現存し、どれも3m近い大きさのもの。他の地蔵は笠を被っているが、品川寺の地蔵は被っていない。この大きさは丈六といい、言い伝えでは釈迦は常人の2~3倍の身長があったとされ、その為等身大のものを作るとこうなるということらしい。ウルトラマンじゃあるまいし。

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銅造地蔵と向かいうように1基の舟形光背型の地蔵菩薩像が立っている。墓石のようであるが、造立年は元禄9年(1696)6月と銅造の地蔵よりも古い。地蔵の頭上に桔梗紋があることから寺とゆかりの深い人物の墓石だろう。

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境内には名木である品川寺の大銀杏がそびえ、その手前には自然石の超大型の庚申塔と角柱型の庚申塔が並んでいる。この大銀杏は樹齢600年とも言われるから、再興された江戸時代初期にはもうそこそこの大木だったはずである。今も元気な銀杏で、手前の巨大な自然石庚申塔よりもさらに威厳を示している。

この自然石庚申塔は延宝8年(1680)10月の造立で、台石には中央に三猿、その両脇に二鶏が描かれている。左の角柱型庚申塔は寛政7年(1795)9月とかなり時代は後になる。日月の下に庚申塔と文字があり、その下に三猿が彫られている。年紀の下に三好氏とあるが、これは願主かどうか分からない。

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山門前にある宝篋印塔は伝説の動物である麒麟の上に立つ。そして品川寺の寺紋は桔梗紋。つい『麒麟がくる』を思い起こしてしまった。明智家の家紋は桔梗紋、そして麒麟が土台。麒麟は品川に来ているではないかと。もっとも桔梗紋は意外に多く、土岐氏や加藤清正、太田道灌が用いた。明智家は土岐の流れを汲むから偶然などではない。品川寺の桔梗紋は太田桔梗の流れを汲むものだろう。

場所  品川区南品川3丁目5-17

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