« 来迎院前の石仏群(品川区大井) | トップページ | 西品川文政十一年道標(品川区西品川) »

2021年3月17日 (水)

天保九年銘道標供養塔(品川区大井)

JR大井町駅の西口は昔から栄えた駅前である。昔と言っても明治時代以降で、繊維関係の工場が出来、後に日本光学や国鉄の大井工場が出来て工業地帯として発展した。しかし江戸時代から明治時代前期にかけては民家も少ないエリアで、立会川がのどかに流れる農村地帯だった。ただ大井町駅の西側、阪急ホテルの辺りは、鎌倉街道でもあった池上道と古代東海道だった品川道が分岐する交通の要衝でもあった。

Cimg1320

西口の裏路地にひっそりと残るこの天保九年銘の角柱型供養塔は池上道と稲毛道の分岐点にあったもの。造立年は天保9年(1838)2月である。古代東海道(稲毛道)は品川道とも言い、この辺りから光学道り~長原~千束とほぼ直線で進み中原街道に合流した。供養塔の側面には、「右 稲毛道 中延マテ十八町 千束マテ廿五町」、反対側は塀に接していて読めないが資料によると、「左 池上道 本門寺マテ一里」と刻まれている。

Cimg1324

正面には「南無妙法蓮華経」とあり、日蓮宗の色が濃い。施主名などを見ると、池上道を使い池上本門寺へ参詣する人が多く、その為北品川の講中と日本橋の講中が協力してこの道標を建てたようだ。江戸時代には海沿いの東海道が最も開けて賑わっていたので、この池上道や古代東海道である稲毛道は野原の寂しい道だったのだろう。

場所 品川区大井1丁目24-10

|

« 来迎院前の石仏群(品川区大井) | トップページ | 西品川文政十一年道標(品川区西品川) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 来迎院前の石仏群(品川区大井) | トップページ | 西品川文政十一年道標(品川区西品川) »