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2021年3月14日 (日)

来福寺の石仏(品川区東大井)

来福寺は江戸時代の大井村にある寺院で、古い海食崖の縁にある。旧東海道までは300mほどあるが、さらに昔はこの辺りが海岸線だったのだろう。それでここに段丘が出来て、そこに位置しているので、昔は品川の海が展望できたという。また境内は古くは北条氏家臣の梶原氏の館跡と言われ、この辺の経緯は犬坂のページに書いた。

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来福寺は延命桜と梶原松が有名らしく、江戸時代の切絵図にもその二つが書かれている。鎌倉時代の初期に境内に植えられたと伝えられるが、現在はない。江戸時代の切絵図にあったということは200年くらい前まではあったのかもしれない。しかし訪問時はコロナ対応に過敏になりすぎたのか、檀家以外を拒絶するような告知がいくつも掲示してあったので、急いで境内を見回ってすぐに出た。

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境内で目についたのは立派な笠付角柱型の庚申塔。造立年は貞享2年(1685)11月と古いものである。上部に日月、中央に青面金剛像、下部には二鶏と三猿が描かれている。脇には大井村の銘がある。下部には男女の願主名が彫られているが、相原姓が多い。

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墓所を除くと仏塔の上に地蔵菩薩坐像が鎮座している。この地蔵は「染色地蔵」と呼ばれたらしい。この無縁仏塔は、阿波出身の藍商人(昨今の大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢家が生業としている藍である)の墓石を集め組み上げた塔の上に置かれたので染色地蔵なのだろう。元々は御林附(おはやしづき)の来福寺地蔵堂にあったとされる。この辺りにあった幕府所有の林に地蔵堂があったのだろう。区の資料では地蔵の造立は不詳とあるが、台石には中央に「観月智照 青林智順」と墓名があり、宝暦10年(1760)、宝暦11年(1761)の年紀がある。よって江戸時代中期だろうか。

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実はこの境内ではないが来福寺の場外仏堂が大井町駅と三叉地蔵の間にあり、そこには庚申塔などが祀られている。また境内には他に古い道標もあるようだが、短い時間で探しきれず再訪を余儀なくされている。 コロナが落ち着いたら再訪してみようと思う。

場所  品川区東大井3丁目13-1

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