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2021年3月15日 (月)

西光寺の石仏(品川区大井)

西光寺の前の道は古い道で鎌倉街道とされている。大井町の仙台屋敷(かつて仙台藩伊達家の下屋敷があった)の味噌蔵横から南へ、東海道と池上道の間を走る里の街道で、ヘルマン坂を下ると西へ進路を変え、立会川の暗渠最下流地点を過ぎ、その先東海道線を関道地下道と書かれた人道トンネルでくぐり、西光寺、光福寺、来迎院を経て鹿島神社で池上道に出る道筋。なぜこの軌道下のトンネルを関道地下道と呼ぶのかは調べたが分からない。

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関道地下道を出て間もなく西光寺の山門に到着する。静かな寺院である。口伝では天徳2年(958)の開創、寺伝では弘安9年(1286)の開山というから古い寺である。弘安と言えば弘安の役で知られ、元寇の2回目の戦いの時代である。その後寺は天台宗から浄土真宗へ改宗、昔はたまにこういう寺ごと宗派が変わることはあったようだ。江戸時代になると桜の名所で賑わったが、明治26年(1893)に境内を焼き尽くす火災で寺は灰になってしまった。

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本堂に向かって左手に回ると、無縁仏が集められた塚がある。その一番前にある石仏の中で、左端は地蔵菩薩の供養塔。造立年は明暦元年(1655)12月で舟型の地蔵立像、長い錫杖を右手に、宝珠を左手に持っている。延命地蔵とされているが、願主名は、おりつ、おこちや、およめなどの女性名が半分ほどある。男性名は概ね僧侶の名前のようだが、この関係性が分からない。

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中央右にあるのが笠付角柱型の庚申塔。造立年は寛文13年(1673)。尊像は青面金剛像ではなく阿弥陀如来である。阿弥陀の右には「奉供養庚申」とあり、左には「為二世安楽也  施主大井村」と彫られている。阿弥陀如来の庚申塔は極めて珍しい。

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前列右端は舟形光背型の念仏供養塔で、この尊像も阿弥陀如来である。「為念仏講中」とあるので、念仏講衆によるものだが、阿弥陀が大井村では流行していたのだろうか。造立年は寛文9年(1669)。下部には女性名と思われる、おいな、おむつ、おはななどの願主名が見られる。これら3基とももとは鎌倉道に面した倉田地蔵堂に安置されていたもの。倉田地蔵堂の場所が特定できないが、昭和中期まではこの辺りの池上道と東海道線の間の地域は大井倉田町という地名であった。

場所  品川区大井4丁目22-16

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