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2021年3月 5日 (金)

善福寺の石仏(品川区北品川)

都内には善福寺という名の名刹が複数ある。地名にもなっている杉並区の善福寺、麻布にある初代米国公使館のあった善福寺の二寺が知られているが、かつては江戸の南の玄関口品川宿にも善福寺がある。現在も当時と同じ道幅で旧東海道があり、京急線の八ツ山の踏切を越えると、ファミリーマートのビルの入口にさりげなく「土蔵相模跡」と立て札がある。土蔵相模は高杉晋作や伊藤博文らの集合場所であり、遊郭であり、明治維新直前の日本の革命震源地だった。

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土蔵相模の100m程先にあるのが品川宿の善福寺である。鎌倉時代の永仁2年(1294)の創建で、正直かなりくたびれた感じの本堂だが軒下の壁には伊豆長八の見事な鰻絵がある。そこから左手の墓地に入ると、入口近くには3基の石仏が並んでいた。一番右にあるのが、元禄4年(1691)3月造立の舟型光背型の地蔵菩薩像。左側には年紀があり、右側に文字があったと思われる部分は削られていた。上部には日輪月輪があるのでもしかしたら庚申講中による庚申地蔵だったではないかと推測した。左下には、「北品川 犬塚久乃丞」という銘がある。

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左隣も舟形光背型の地蔵菩薩像。年紀は元禄5年(1692)9月。「善福寺第六代中興開山 二寮其阿良傳和尚」と大きく書かれているので、中興した住職を重ねて建てられたものだろう。

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その隣にあるのは念仏供養塔。笠付角柱型のこの供養塔は、万治元年(1658)9月の造立で、品川区の指定文化財になっている。中央には「南無阿弥陀仏」その左右には「念佛講為逆修菩提也」「善福寺住持想阿」とある。江戸時代の人々が幸せな生活を送ることが出来るようになり、生きているうちに死後の幸せまでも欲しがるようになっての逆修ではないかと思う。これらの石仏や本堂を眺めていると、江戸時代の賑わう東海道品川宿の様子が見えてくるようだ。

場所  品川区北品川1丁目28-9

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