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2021年3月31日 (水)

常徳院の石仏(世田谷区宮坂)

小田急線豪徳寺駅の南にある曹洞宗の常徳院はもともと千歳船橋駅付近(旧字名は横根)にあった寺を、文明8年(1486)に足利義尚(よしひさ)が現在の場所に移し開山したと伝えられる。義尚はのちの室町幕府第9代将軍で応仁の乱の頃の人物。足利義政と日野富子の次男として生まれた。そういう寺がわが家の近所にあるとは思ってもみなかった。

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山門前の参道入口にあるのが六地蔵。堂宇が新しくなってきれいにされたので新しいものかと思いがちだが、造立年は安永6年(1777)11月である。台石には「西国供養佛 安永六丁酉年十一月廿四日 世田谷村横根 願主円信 世田谷村宮坂 世話人吉右衛門」とあり、300年以上経っても横根との関りがあることに驚いた。

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常徳院の前の道は瀧坂道という古道で、渋谷道玄坂から調布仙川までの街道。山門前には舟型光背型の地蔵菩薩立像がある。ゼニゴケが付いているが、比較的新しく、慶應元年(1865)11月の造立。左側に「施主 当村中」とあり、右には「善徳院現在厚住叟代」とある。

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舟型地蔵の反対側には敷石供養塔が立っている。敷石供養塔については社寺境内に置かれる敷石を寄進することも功徳と信じ、それを記念して供養塔を建てることがあったもの。意外に多い。また江戸時代の供養という刻字はしばしば羊ヘンに食うと書いたものがある。石塔の誤字はかなり多く面白い。この供養塔の造立は、天保2年(1831)3月で、下部には近隣各地の世話人の名前がある。

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本堂左手から裏手の墓所に向かうとさらに沢山の石仏が祀られている。列挙はしないがその中で気になったのはこの駒型の庚申塔。野ざらしにしては保存状態が良い。造立は享保16年(1731)11月で、日月、青面金剛像、三猿のシンプルな図柄だが日月の装飾が良い。「講中七人 願主 大木甚右衛門」とある。

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墓所の中央あたりには、享保20年(1735)10月造立の丸彫の地蔵立像があり、電車を背景に地蔵を見るという面白い絵である。台石には「宮坂 鶴免 女中念仏講中 廿六人」とある。広々とした墓所は気持ちのいい風が吹き抜けていた。

場所  世田谷区宮坂2丁目1-11

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