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2021年3月 9日 (火)

海蔵寺の石仏(品川区南品川)

新馬場駅南口前からゼームス坂に至る道の曲がり角近くにあるのが海蔵寺。時宗の寺院である。時宗は鎌倉時代に興された浄土宗系の宗派で一般にはあまり馴染みがないと思う。海蔵寺の創建は永仁6年(1298)と古い。江戸時代は別名を品川の投込み寺とも呼ばれていた。鈴ヶ森刑場で刑死した人々を中心に数多くの無縁仏を供養してきたための名前である。

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境内に入り、右手の墓所に向かうと無縁仏の塚がある。この塚は頭痛塚とも呼ばれ、この塚にお参りすると頭痛が治ると江戸時代から信じられてきた。この塚については由来も分かっている。元禄4年(1691)から明和2年(1765)の間だけでも7万人以上の無縁仏を供養してきた海蔵寺の土地の有力者たちが集まり、宝永5年(1708)7月にここに墳墓塚を築き、その上に観音像を安置したという。墓碑によると、「元禄時代非人溜・髑髏塚:当時牢屋で獄死した多くの罪人を埋葬、宝永5年(1708)その髑髏を集め墳墓を築く」、「江戸時代首塚:当時鈴ヶ森の刑場で処刑された人の首を埋葬」、「品川宿遊郭娼妓之霊」、「品川京浜電鉄轢死者之霊」、「品川海岸溺死者之霊」、「品川行路病横死者之霊」、「関東大震災横死者之霊」とあり、多くの貧しい人々を供養してきた歴史を感じる。

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資料の説明によると墳墓の上に観音を祀ったとあるが、現在上に在るのはおそらく地蔵菩薩(座像)である。その手前にある一番大きな舟型光背型の地蔵菩薩立像は墓石ではなく、三界万霊有無縁▢とあり、造立は天和3年(1683)8月ということから、最初に置かれた石仏のひとつだろう。観音ということであればその左隣にある舟型の聖観音菩薩像、これは墓石だが寛文13年(1673)6月のもので、これも最初からここに祀られていたものだと思われる。

静かな寺院だが、華やかな品川宿の陰に散っていった何万人もの無名の人々の生きた証を感じられる深い地でもあった。

場所  品川区南品川4丁目4-2

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