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2021年3月23日 (火)

西照寺の石仏(杉並区高円寺南)

西照寺は高円寺駅の南にある曹洞宗寺院だが、門前の通りは甲州街道の養蚕試験場から分かれて馬橋庚申堂を通る村街道に面している。この辺りには明治時代以降多くの寺院が移転してきた地区である。西照寺がここに移転してきたのは明治44年(1911)のこと。それ以前も引越の多い寺院で、開山は天正2年(1574)に日比谷村(現千代田区内幸町)、村の漁師が海中から引き揚げた阿弥陀如来像が安置された御堂を一寺として始まった。

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その後徳川家康が江戸に入ると、寺の場所が武家屋敷とされたので、慶長17年(1612)芝金杉(現在の港区芝一丁目)に移った。ところが寛永20年(1643)に類焼に遭い寺地を御用地とされたため、寛文5年(1665)に芝白金台町(現港区白金二丁目)に移転して再興した。明治維新の際に倒幕派の放火で全焼したものの10年後に再興し、当時の寺には島崎藤村が下宿していたという。しかし都心の区画整理のために明治44年に現在地へ再び移転を余儀なくされた経緯で引越だらけの寺史である。

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寺の境内に祀られている「とろけ地蔵」も日比谷村時代に海中から拾い上げられたものであろうか。資料によると造立年は承応2年(1653)とあるので本尊の阿弥陀如来とは百年近く違うので分からないが、そういう風邸の舟型地蔵尊である。しかし芝金杉で類焼全焼した時期から芝白金台に再興するまでの間の造立なので、白金台に移る直前に拾われた可能性も無きにしも非ずかと。

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とろけ地蔵の前には何体かの石仏があるが概ね墓石。この舟型光背型の地蔵立像のみはそうではないようである。造立年は不詳で、「脳病平癒 地蔵尊」とあるので人々に拝まれていたのだろう。裏面には、「堆橋家先祖代々、伊藤家先祖代々、田中家先祖代々、杉浦家先祖代々、有縁無縁萬霊等、とありその横には数名の戒名があるが、墓石の感じではない。

場所  杉並区高円寺南2丁目29-3

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