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2021年3月 4日 (木)

与楽寺の石仏(北区田端)

与楽寺は田端でも大きい寺院。創建年代等は不詳。弘法大師が寺院をこの地に建立したのが始まりで、慶安元年(1648)には寺領20石の御朱印状を拝領し京都仁和寺の関東末寺の取締役寺を務めていた。

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本尊の地蔵菩薩は秘仏となっているが、伝承がある。ある夜盗賊が与楽寺に押し入ろうとしたが、どこからともなく多数の僧侶が出て来て、盗賊の侵入を防ぎ、遂にこれを追い返した。翌朝、本尊の地蔵菩薩の足に泥のついているのが発見され、地蔵菩薩が僧侶となって盗賊を追い出したのだと信じられるようになった。これにより本尊の地蔵菩薩は、賊除地蔵と呼ばれるようなった。

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この与楽寺には様々な石仏がある。まずは入口脇に並ぶ供養塔。手前の2基は与楽寺の袖看板のような石碑で、3基目は墓石、4基目は秩父坂東西国百箇所巡礼塔で上部には聖観音像が陽刻され、「天下泰平 日月和順」と書かれている。下部には「右 江戸駒込道」「左 王子道灌山道」とある。向かって右側面に年紀があったようだが、摩滅して読めない。その隣は敷石供養塔で安永5年(1776)霜月(11月)のものである。

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本堂に向かって左手に阿弥陀堂がある。普通の寺院ならば本堂と呼んでもいいほどの立派な建物で、江戸六阿弥陀の第四番札所となっている。阿弥陀堂の前に対の燈籠があるのだが、向かって左側の燈籠の竿部には正面と側面に各一猿、計三猿が陽刻されている。しかし右側の燈籠には猿はいない。左の燈籠だけ庚申講中による造立なのだろう。造立年は寛文9年(1669)2月、正面には「庚申供養為菩提」と書かれている。

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阿弥陀堂脇を抜けて墓所に向かうと不揃いな六地蔵が並んでいる。左から2,3,4番目が丸彫地蔵、1,5,6番目が舟型光背型の地蔵である。造立年が分かるものは2基だけ。一番左の舟型地蔵は元禄13年(1700)の造立。「六地蔵四番目武刕江戸講中」とあるが、江戸講中というのはあまりに大げさではないだろうか。左から二番目の丸彫地蔵の台石には元文4年1739)7月の年紀が記されている。右から二番目の舟型地蔵にも江戸講中という記述があるが、多くは江戸六阿弥陀の四番寺であることを彫っているケースが多いようだ。

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墓所の奥にある無縁仏の一角に板碑型の庚申塔がコンクリートで固められていた。造立年は万治元年(1658)9月、前面上部には「庚申」とだけ彫ってある。下部には願主名が10名弱記されているが、場所などの情報はない。時代が古いものであり、文字も読みにくくなっている。

場所  北区田端1丁目25-1

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