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2021年4月14日 (水)

野毛の庚申様(世田谷区野毛)

等々力渓谷に流れる川は用賀を源流とする谷沢川。源頭を辿ると世田谷通りの北側にまで至るが、上野毛にかつてあった姫の滝跡の堰堤から下流は谷が徐々に深くなり、等々力駅付近で流れを南に変え等々力渓谷になる。この流れを変える辺りでは大昔、元々九品仏から呑川に注いでいた九品仏川が谷沢川の下流だったが、いつの時代か等々力渓谷側に流れが変わった(河川争奪)と考えられている。

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等々力渓谷の左岸(東側)には等々力不動尊もあり、そちらに上がる散策客が多いが、右岸(西側)が元からの集落で、下流を下谷戸、上流を上谷戸と言った。上流の上谷戸の辻にあるのがこの庚申様である。なぜか世田谷区の資料にも載っていないが、私が上野毛に住んでいた1980年代には既にここに庚申様があったかどうか記憶にない。

Cimg1849

祀られている庚申塔は駒型で、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が描かれている。側面を見ると造立年は文化10年(1813)2月と書かれている。基壇は最近のもので、そこには「庚申堂再興  善養寺檀徒一同  平成16年(2004)5月」とある。玉垣も立派なものが並び願主の名前がそれぞれに彫られているが、やはり原姓が最も多い。次に多いのが豊田姓。どちらも吉良家の家臣が帰農した家柄である。この庚申堂前の坂を下ると浄音寺坂になるが、城音寺という寺は今は無い。昔は天神社と城音寺があり、豊田家が所有していたが、浄音寺は明治時代に焼失してしまった。豊田家はその後満願寺を菩提寺にしたが、上谷戸の一部の豊田家は善養寺の檀家となったのかもしれない。

場所  世田谷区野毛1丁目13-2

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