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2021年4月29日 (木)

上赤塚氷川神社の庚申塔(板橋区赤塚)

板橋区赤塚にある氷川神社。長い参道にはケヤキなどの大木の並木があり、多数が保存樹木に指定されている。参道並木全体としても板橋区の天然記念物とされている。一の鳥居をくぐり、左に庚申塔を見てそのまままっすぐに進むと赤い二の鳥居、そのさらにずっと先の富士塚の奥に本殿がある。その間はおよそ300mほどはあるだろう。

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二の鳥居の近くには大きな富士塚がある。江戸時代末期に作られた富士塚には明治や慶應の年号の登山碑がならぶ。概ね三十三度の富士参りをした記念に造立したもののようだ。当時はまだ富士吉田あたりの御師が富士登山のプロモーションを盛んにおこなっていたのだろう。

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いつもは下から見上げる富士講富士の絵が多いのだが、今回は山頂から浅間神社の鳥居を見下ろしてみた。当時の女子供は富士には登ることが許されなかったので、こういう富士講の富士に登っていろいろな願を掛けていたに違いない。高さは3mとされているが、実感はもっと高い。実はこの富士塚はもともとあった古墳を利用して富士塚に仕立て上げられたらしいが諸説ある。

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さて、一の鳥居迄もどるとそこには宮前不動尊があり、その手前に形の異なる3基の庚申塔が並んでいる。左から、駒型の庚申塔で、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄。明和4年(1767)2月の造立で、「武刕豊嶋郡上赤塚村 講中拾六人」の銘がある。台石には「右 ふき上道 左 屋くし道」とあり、吹上観音への道と新井薬師への道を示していると思われる。

中央の自然石の庚申塔は正面に大きく「庚申塔」と書かれ、台石には三猿が陽刻されている。上部には日月が刻まれており、造立年は万延元年(1860)9月とある。そして一番右の円柱型の庚申塔、この塔型は極めて珍しい。造立年は寛政12年(1800)3月で、「青面金剛尊」と正面に彫られている。台石には、「武州豊嶋郡上赤塚村 願主 川上権右衛門 講中拾五人」とある。

場所  板橋区赤塚4丁目16-1

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