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2021年4月 9日 (金)

中野氷川神社の石仏(中野区東中野)

JR中央線東中野駅の南、丸の内線中野坂上駅との間にある中野氷川神社は旧中野村の総鎮守。長元3年(1030)後一条天皇の時代に源頼信が大宮の氷川神社より勧請したものと伝えられる。戦国時代には太田道灌にも保護された古社であった。

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氷川神社のロケーションは神田川支流桃園川の河岸段丘である。決して大きな川ではないが、境内と参道入口の高低差は6mもある。自然の力というのは本当にすごいものである。氷川神社の氏子は、淀橋、上宿、下宿、西町、仲宿、打越、囲、原という地域だというから、西は高円寺の近くまでと神田川左岸(北側)の青梅街道一帯、現在の地下鉄新中野駅あたりまでが範囲であった。

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参道の階段上には敷石供養塔と石橋供養塔がある。左の大きい方が敷石供養塔で、安政6年(1859)9月の造立。「氏子中 願主 覚順」とある。右側は石橋供養塔で安永6年(1777)12月の造立。「當村氏子中」とある。おそらく石橋は桃園川かもしくは参道下を流れていた桃園川の支流に架かっていたものではないだろうか。

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境内にはもうひとつ相当古い庚申塔が祀られている。舟型光背型の庚申塔で、日月と三猿だけのもの。いかにも初期型という印象である。造立年は寛文9年(1669)11月で、シンプルだが舟型光背型の本来の形は炎を表現しており、上部の形状はまさに炎らしい尖り方をしている。

場所  中野区東中野1丁目11-1

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