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2021年4月27日 (火)

青蓮寺の石仏(板橋区成増)

成増村の鎮守菅原神社の別当寺である青蓮寺は真言宗の寺院。もともとは徳丸ヶ原の弁天塚(現在の新高島平駅)の辺りで創建され、水害に遭ってこの地に移転してきたと伝えられるが、それが江戸時代中期以前ではあるがいつの時代のことなのかは分からない。青蓮寺の北東側にはおなかや坂という坂があり、坂下には現在は三園通りが通っているが昔は徳丸久保という谷の細流があったと資料にはあるが、徳丸久保がどの谷筋なのかはどうも確定できない。とはいえおなかや坂を上る時に小高い青蓮寺の境内に見える枝垂桜は美しい。

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おなかや坂の坂上に青蓮寺の入口がある。この上にも枝垂桜が咲いていた。階段を上って山門をくぐると右手に本堂が立っている。本堂の手前には小さな堂宇があって、将軍地蔵が祀られていた。

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将軍地蔵はあまり多くは見られない。鎌倉後期に起こった地蔵信仰で、悪業煩悩にかつ地蔵の意。そこから選奨をもたらすとして中世武士の信仰を受けていた。この将軍地蔵の造立年は天保4年(1833)9月で時代的には新しいもの。左面には「上赤塚中」とあるらしい。以前は愛宕山(現在の成増駅南口の成増3丁目33番)にあったが、昭和32年(1957)に青蓮寺に移された。

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山門を入ってすぐのところに如意輪観音と一緒に並んでいるのは舟形光背型の阿弥陀如来像の庚申塔。造立年は寛文10年(1670)霜月(11月)で、「奉造立石仏阿弥陀如来像」「庚申供養二世安樂」とある。青蓮寺の銘も刻まれているので、本寺由来のもの。

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その向かいにあるのは大きな舟型光背型の地蔵菩薩立像。造立年は分からない。なかなか素晴らしい像形でこれだけのものはやはり江戸時代の作品だろう。

場所  板橋区成増4丁目36-2

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