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2021年4月 4日 (日)

福寿院の石仏(中野区本町)

丸ノ内線方南町支線の中野新橋駅の北にある真言宗の福寿院(南光山福寿院医王寺)は元応元年(1319)の創建だが、当初はもっと南西の神田川に近い場所にあった薬師堂だった。明和年間(1764~1772)の火災で焼失し、後に現在地に移ってから福寿院となった。寺には古い板碑もあるが見ることはできない。

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しかし本堂向かって左手にある無縁仏塔の前にすばらしい石仏がいくつも祀られている。そして本堂前には珍しい宇賀神がある。ただ寺ではこれを弁天として祀り、井の頭池の弁財天の妹であるという俗説もある。昔、池の水が枯れた時に井の頭弁財天に倣って造立した女面蛇体像である。

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とぐろを巻いた蛇の頭が女性の顔になっている。現代的にはグロテスクな蛇女なのだが、宇賀神信仰と弁財天信仰が習合したものであろう。TBSの女子アナに宇賀神メグさんがいる。可愛い女性なのだが、名前を聞くたびにこの宇賀神を思い出して引いてしまう。

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無縁仏塔の手前前列に並んでいるのは、右から庚申塔が2基、その横に魚籃観音、舟型の地蔵菩薩と並んでいる。魚籃観音と地蔵については資料が殆どなくかつ文字が読めないほど摩滅しゼニゴケがびっしり張り付いているので分からないが、庚申塔は中野区の資料にあった。右の大きい方の駒型庚申塔は、日月、青面金剛像、三猿の図柄で、脇には「奉供養庚申爲二世安樂也」とあり、元禄元年(1688)10月の造立。駒型青面金剛像としては古いものである。隣りは日月、青面金剛像、二鶏、三猿の描かれた駒型庚申塔で、こちらは享保11年(1726)10月の造立。「奉造立庚申供養塔」と書かれている。

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二列目には大きめの聖観音像2基と丸彫地蔵菩薩像、上部欠損した舟型の地蔵菩薩像がある。舟型地蔵菩薩については墓石らしい。2基の聖観音像はそっくりでペアで造られたものと思われる。持ち物が異なるが他は微妙なちがいのみでほぼ同じ。裏に回ると「再建施主喜八 長松」とある。この2基は天明8年1788)10月の造立。

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後から見ると聖観音像のプロポーションが素晴らしいことがよく分かる。中性的でもあり昔の人々の信仰がジェンダーを越えていたことを感じる。近年の男尊女卑は一部の武家社会と明治以降の政府が作り出したものだが、それを日本の伝統と勘違いしている輩の多い事は要改善である。端の地蔵菩薩立像は延宝7年(1679)のもので、これもなかなかいい。

場所  中野区本町3丁目12-9

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