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2021年4月21日 (水)

全龍寺門前の石仏(新宿区大久保)

コリアンタウンの大久保通りに不思議な寺がある。山手線の新大久保駅から東へ300mほどにある全龍寺。昨今は韓国に限らずイスラム系その他さまざまな多国籍の人々が住み暮らす街になっている。そのエスニシティに虫がたかるように集まる若者の多い事。おそらく狭い歩道の過密度合いはコロナ禍の現在でも平日昼間なら原宿竹下通りを上回るのではないだろうか。

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先日この寺院を訪問した時も平日だったが通りは凄い混雑で、寺の入口には警備員がいて、事前予約をした人でないと境内には入れないという。モラルの低すぎる人間が多くて物を傷つけたり、座ってはいけない場所に腰掛けたりと、トラブルが絶えない為致し方ない措置なのだそうだ。これでは疫病が都会に蔓延しても致し方ないといえる状況である。境内には年紀不詳の庚申塔があるのだが、今回は諦めることにした。

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全龍寺の門前には無縁仏に囲まれた舟型光背型の阿弥陀如来像がある。高さは177㎝あり私の背丈よりも高い。基壇の手前には三猿が陽刻されており、庚申講中による造立である。造立年は寛文12年(1672)で、庚申講中28名によるとある。この年代はまだ主尊が青面金剛像になる以前の江戸初期の段階。

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阿弥陀如来像の向かいにはこれも大型の舟形光背型の地蔵菩薩立像がある。「三界万霊」とあるが、墓碑としての目的もあったようで、細かいところは読み取れなかった。

大久保通りは江戸時代は西大久保村という農村で、この通りは江戸時代からの街道。両側には百人組という下級武士の半農住宅が立ち並んでいた。間口は10~20m程度で奥行きは数百mという短冊のような敷地である。これは京都の町屋でも見られるが、街道筋の場合間口税(棟別銭)という税制の為で、商人からより多くの税を巻き上げようとした田沼意次が全国に広げたものだという。しかし百人組の町割はそれ以前からで、街道沿いに家を建て、その後ろに長細い畑地を与えて農業で禄の不足を稼げという意味合いのものだったようだ。

場所  新宿区大久保1丁目16-15

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