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2021年5月19日 (水)

延命地蔵と道標碑(板橋区徳丸・四葉)

徳丸石川通りを北に歩いていくと、再び広大な敷地のある旧家がありその塀に新しい延命地蔵尊が祀られていた。今でこそ広い通り沿いだが、耕地整理後に出来た道で、昔はこの南北の道はなかった。昭和の初め頃までは1000坪なんて広さは当たり前だったりしたのだろう。勿論その中に果樹園があり、畑があって、自給自足の役を果たしていたはずである。

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この地蔵の造立は安井家によるもので、近くの文字庚申塔の旧家も安井家だったから、この辺りではかなり大きな農家だったのだろう。台石の側面を見ると、「為清室全涼大姉菩提地蔵尊建立  文化壬申9年(1812)7月12日 初代 安井斧右衛門」とあり、その横に「昭和35年墓地改修の際没した為延命地蔵尊を再建す 昭和56年9月 施主六代目 安井留五郎」と彫られている。なるほど。

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さらに北に進むと紅梅公園という広い公園があり、その手前の歩道に石碑が立っていた。『御大典記念道標碑』というようだ。天皇の即位を記念して徳丸、四葉の人々が建立したもの。年号はないが説明板によると大正4年大正4年(1915)の建立。道標を兼ねており、「右 戸田 赤羽 道」「前 成増停車場/白子 川越 道」「左 白子観音道」と記されている。昭和50年代には四葉の路傍に放置されていたが、耕地整理で行方不明になり、その後四葉遺跡の発掘の折に発見されたという。

場所  地蔵 板橋区徳丸5丁目38-11 / 道標碑 板橋区四葉2丁目5

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