« 稲垣家の庚申塔(板橋区赤塚) | トップページ | 民家(本橋家)の庚申塔(板橋区赤塚) »

2021年5月 2日 (日)

赤塚不動の滝不動尊(板橋区赤塚)

昔は赤塚の台地の縁である崖線にはいたるところに湧水があり、人々の生活を支えていた。この不動の滝もそのひとつで、江戸時代中期に盛んになった山岳信仰においては富士山や大山へ向かう前に禊(みそぎ)として使われ、瀧前には垢離堂(こりどう)が設けられていたという。

Cimg1717

昔はそこそこの滝だったが、昭和中期以降は周辺の住宅開発が進んだせいで水量が激減した。台地上の標高は31mだが湧水は標高19mの辺りから出ている。湧水の地層は場所によってさまざまだが近い場所では同じくらいのところに湧く。北にある首都高速池袋線沿いの崖線でも同じような高さに湧いているように思う。この瀧には上の方に1基、左に1基の不動明王像が祀られている。

Cimg1948

左下の不動明王像は寛政11年(1799)4月の建立。資料によると裏面などに「武州下赤塚邑  大門講中  下赤塚四人」とあるようだ。その下には滝のコンクリート面に石造りの大きなプレートがあり、「奉納 瀧壺一式 昭和8年5月竣工 谷島新蔵」とある。不動明王の作られた時代は山岳信仰ブームの時代で板橋区から練馬区にかけては大山街道があちこちにあった。

Cimg1716_20210425113401

上部にある不動明王像には後付けだろうか二童子がいる。こちらの不動明王像の造立については不詳とされているが、言い伝えによると赤塚城主の千葉氏がここに不動明王像を設置したという。そうであれば1400年代後期の室町時代のものということになり、いささか信憑性に欠ける。

場所  板橋区赤塚8丁目11

|

« 稲垣家の庚申塔(板橋区赤塚) | トップページ | 民家(本橋家)の庚申塔(板橋区赤塚) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 稲垣家の庚申塔(板橋区赤塚) | トップページ | 民家(本橋家)の庚申塔(板橋区赤塚) »