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2021年5月16日 (日)

篠本家の馬頭観音(板橋区徳丸)

前谷津川の左岸は南面の傾斜地で、そこから台地上にかけては日当たりが良く、今でも旧家が多く残っている。多くの家には屋敷神があり、武蔵野の農家の印象を残している。そんな旧家のひとつと思われるのがこの篠本家で、塀に馬頭観音が格納してある。

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この馬頭観音はなぜか板橋区の資料にも載っていない。篠本家の名前についても近隣の他の庚申塔や石仏にもほとんど出てこない事と関係があるのだろうか。篠本という名前は姓のデータで調べると甲斐の国起源で、東京、茨城、大阪、兵庫に多い。全国には1500人ほどの篠本さんがいらっしゃるようだ。しかし篠家という旧家が練馬近辺(特に下練馬村)では特にリーダー的な存在だったことから、その分家か隠居が元篠家ということで篠本を名乗った可能性も十分にあり得ると私は考えている。

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馬頭観音は角柱型で、正面には「奉勧請南無馬頭観世音菩薩」、その右に「具一切功徳慈眼視衆生」、左に「福聚海無償是故於順禮」とある。造立年は大正3年(1914)2月の建立と書かれており、願主名は篠本善之叡と読める。旧家の多い徳丸はあちこちにこういった個人所有の石仏があって散策の楽しみは深い。

場所  板橋区徳丸5丁目34-6

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コメント

 こんにちは。(数年前の投稿にすみません)
 私は、ユーザー名にある通り「篠本」の一人です。
現在は埼玉県で暮らしております。
 父からは「もともとは江戸の郊外で名主だったが、祖父(私の曽祖父に当たる)の代で資産のほとんどを失った。」と伝えられております。
 板橋区に馬頭観音がある件についてですか、というのも私の篠本家、今は埼玉県で暮らしているものの、以前は板橋に住んでいたのです。
 加えて、板橋区泉町には祖母が住んでいた家があり(現在は父の作業場・ゲストハウスとして利用しています)、これも関係しているかもしれません。
 正直言ってわかるのは微々たることですが、参考になれば幸いです。

投稿: シノモト | 2026年2月15日 (日) 13時45分

シノモトさま

お読みいただきありがとうございます。徳丸は起伏の激しい土地ですが、弥生時代以前から人が住んできた歴史があるそうです。ブラタモリでタモリさんが「際が面白い」としばしば発言しますが、まさに際だらけの土地で坂道も多く、それだけに牛馬を大切にしてきた歴史があるのだと思います。泉町あたりも実は石仏の宝庫だったりします。高島平にある郷土資料館では古の板橋のすがたを拝見して見入っておりました。今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: ぼのぼのぶろぐ管理人 | 2026年2月16日 (月) 10時00分

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