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2021年6月 1日 (火)

京徳観音堂下の石仏(板橋区西台)

前谷津川を境に西の台地が徳丸、東の台地が西台である。前谷津川は四方八方の支流を集めており、弥陀堂の坂はその小沢が削った谷。その右岸の台地に上ったところに京徳観音堂がある。今回は観音堂の下に祀られている石仏。観音堂の階段は江戸時代の石鑿(のみ)の跡が見事な階段に並行して近年のコンクリートの階段がつけられている。その階段下には地蔵菩薩像と廻国供養塔がある。

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右の丸彫の地蔵菩薩像は文化15年(1818)の造立。台石正面には「地蔵菩薩以大慈悲  善聞名号不堕異闇」とある。側面には「武州豊嶋郡西臺村教徳念仏講中」とあるが教徳は京徳のことである。左の石塔は廻国供養塔で、安永5年(1776)2月の造立。「奉納大乗妙典日本廻国供養」とある。

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そこから少し西にあるのが庚申塔と馬頭観音である。一応屋根付きだが堂宇ではなくそこそこ雨晒しである。

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右にあるのが文化15年(1818)造立の馬頭観世音菩薩。階段下の地蔵菩薩と同じ造立年である。かなりくっきりと陽刻された馬頭観音で、施主は荻野万吉と大きく彫られている。馬頭は首の下に描かれていてあまり例を見ない。

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左側の角柱型の石塔は馬頭観音かと思ったら正面には「庚申塔」と彫られている。風化が著しいので文字はあまり読めない。左面に願主名が福太郎とある。造立年代も分からない。

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中央に立っているのが駒型の庚申塔で、これは法令4年(1707)3月の造立。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼が描かれており三猿はないとおもいきや、史料を見ると台石の下部に三猿があるようだ。ただし視認できない。邪鬼の下には、「武州豊嶋郡 西臺京徳村 庚申講中 善男女若干 衆等同陳」と書かれている。尊像の右には「奉造建庚申供養青面金剛像現當安楽所」、左には年紀と「現住圓福寺大恩代失効焉」と彫られている。

場所  板橋区西台3丁目53-1

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