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2021年5月10日 (月)

大門観音堂の石仏(板橋区大門)

大門観音堂、正式には源後成法観音堂というらしい。曹洞宗寺院の観音堂だが現在は無住で松月院が管理している。この観音堂の墓所は豊嶋一族の須田家の墓所になっており、一族の元である須田時光は日蓮上人に入信し当地に十羅刹堂を建てたと伝えられる。日蓮なのに曹洞宗というのは合点が行かないが、石仏にはあまり関係ない。

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墓所にも素晴らしい石仏がいくつもあり目に留まるが、特に水子地蔵尊の脇にあるこの舟型地蔵は存在感があった。造立年は寛文10年(1670)8月、脇には「奉建立石地蔵尊一躰千日念佛廻塔干時寛文十養暦恭敬供養哀慇納受一切衆生皆光成仏」と書かれているので、墓石ではなく講中による供養だと思われる。

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観音堂の脇にはいくつもの石仏が並んでいる。一番手前にあるのは唐破風笠付角柱型の庚申塔。正徳5年(1715)5月の造立。側面には蓮華一葉が陽刻されており、日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿が描かれている。右面には「奉造立庚申供養塔爲現當二世安楽也」とある。この庚申塔はもとは大門13番地にあったもの。旧道のしったり坂下、峡田道の十字路にあった早瀬道への道標にもなっていたという。下部には大門村講中十二人の銘がある。

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もう一基の庚申塔は奥にある。舟型の庚申塔は上部に日月、その下に「奉造立庚申供養現當二世為安楽」と書かれ、下部には三猿が陽刻されている。造立は正徳3年(1713)2月で、赤塚村大門 同行拾貮人とある。この庚申塔はもともと大門観音堂にあったもの。

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塀沿いにある石仏の中でこの聖観音像も古くて良いものである。造立年は寛文4年(1664)3月。「本誉禅大徳赤塚大門村施主」とある。頂部が若干欠けているが江戸時代初期のきれいな聖観音菩薩である。

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その脇には一つの台座に2基の地蔵菩薩立像と聖観音菩薩坐像が載せられている。2体の地蔵の造立年等は不詳だが、見た感じ同時に作られたもののようである。しかし、右の聖観音座像はおそらく別造で、書かれている年季は天明3年(1783)。聖観音の座像は珍しい。

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最後に舟型の地蔵菩薩像。シンプルなもので、造立年は宝暦7年(1757)3月。下赤塚大門村の銘がある。小さな墓所のある観音堂だが、由緒ある墓所なので石仏もなかなか素晴らしい。ちなみに観音堂の前の道は観音寺坂という坂道。なぜ観音堂前なのに観音寺坂なのかは不明。

場所  板橋区大門2-6

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