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2021年6月28日 (月)

丸久保馬頭観音(練馬区平和台)

地下鉄有楽町線の平和台駅周辺の開発が進んだのは記憶に新しい時代。1980年代のバブル期にはまだ環状八号線は開通していなかった。また平和台駅が開業したのが1983年(昭和58年)であるから、昭和末期以降の新しい街という印象が強い。環状八号線の道筋はもともとまっすぐな富士街道で、この道は江戸時代から川越街道の南の田柄川を越えてから南西側は真っ直ぐな道で、練馬春日町の辺りまではおそらく北海道のような風景だったのではないだろうか。

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平和台駅から環八に沿って北西に向かうと計画道路の敷地で建物が立っていない。その先の角に堂宇があり遠くからも認められる。ここには幅50mのとてつもなく広い道路ができるらしい。そんな道路が果たして必要なのか、疑問が残る。堂宇の提灯には「丸久保馬頭観世音」と書かれている。丸久保というのはどこかと思ったらどうもこの場所がかつての丸久保の一部のようだ。馬頭観音の造立年は不明だが、練馬区では江戸時代の中期としている。これまで再三移設を繰り返し、現在はここに落ち着いているという。

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かなり摩滅しているが、資料によると正面左右面にはびっしりと道標が記されているようだ。正面には「富士 大山 八王子 小金井」、その下には「新高野一里、田な志三里、府中▢里」とある。右面は、「新井やくし 堀之内 二里半、高田 二里、ぞうし賀や 二里、日本橋▢里」、左面は「赤塚 十九町、所沢 五里、下板橋 一里半、戸田 一里半」、さらに裏面には、「練馬宿 十二丁、板橋宿 一里半、下板橋 戸田 一里半」。願主は篠氏、漆原氏である。当時の丸久保が交通の要所であり、埼玉方面から富士、大山詣りに向かう人々の一里塚のような役割があったのだろう。

場所  練馬区平和台4丁目26-8

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