« 大尽坂下庚申塔(大田区仲池上) | トップページ | 丸久保馬頭観音(練馬区平和台) »

2021年6月27日 (日)

西二稲荷の庚申塔(大田区西馬込)

ふと立ち寄った西ニ稲荷で庚申塔を見つけた。実は西二稲荷から40mほど南にあったはずの庚申塔を探しに行ったのだが、そこにはなく少し坂を下って稲荷に立寄ると、境内に3基の庚申塔が祀られていた。それぞれ西馬込の各所から移設されたものである。

Cimg2244_20210624174601

西二稲荷については、馬込村には塚越と中丸にそれぞれ稲荷神社があり信仰を集めていた。その二柱が昭和21年(1946)に合祀され、西二稲荷となったのである。私はつい西馬込二丁目にあるから西二と付けたのだと思っていたが、そういう経緯もあったと知り安易な推測を反省した。

Cimg2248_20210624174601

左の庚申塔は駒型で、これは最初に探していた西馬込2丁目28にあったものである。造立年は元禄15年(1702)9月。日月、青面金剛像、三猿のシンプルな図柄である。尊像脇には「奉貴修梵天帝釈天王為二世安楽傳燈比丘 骨厳謹誌」とあるが詳しい意味は分からない。その下には願主名が8名あり、内5名は河原(川原)姓である。

Cimg2249

中央の駒型庚申塔は比較的新しい。造立年は大正4年(1915)3月。日月、青面金剛像、三猿の図柄で、下部にはがあるらしいが現在はもう見えない。資料によると、14人銘あり、13人が河原姓である。

Cimg2250

右の庚申塔も駒型で、造立年は享保6年(1721)11月。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿が描かれている。この庚申塔の下部にも願主名が彫られているが、こちらは7/11が川原姓。「河」と「川」で別々のグループがあったかのようである。尊像脇には「奉造立庚申供養為二世安楽」とあり、左には「武刕荏原郡馬込村中丸同行」とある。実は後半の2基はもと西馬込2丁目9番にあったもので、場所は西二稲荷の北200mほどのところ、この辺りがかつての中丸地区で、丸い丘陵地帯になっており、その中丸集落のどこかに祀られていたと思われる。ちなみに西二稲荷は北の中丸と南の塚越の間に位置している。

場所  大田区西馬込2丁目18-6

|

« 大尽坂下庚申塔(大田区仲池上) | トップページ | 丸久保馬頭観音(練馬区平和台) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 大尽坂下庚申塔(大田区仲池上) | トップページ | 丸久保馬頭観音(練馬区平和台) »