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2021年7月 6日 (火)

金乗院の石仏(練馬区錦)

田柄川の左岸が円明院、そして右岸が金乗院(こんじょういん)。どちらも真言宗豊山派の寺院だが、金乗院の方が江戸幕府により加護されたようである。金乗院は文禄年間(1592~1596)の創建で、現在の本堂は昭和32年(1957)に再建された鉄筋コンクリート造りである。山門を入ると左に鐘楼と銀杏の巨樹が目に入る。

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最初の大きな石塔は宝篋印塔。造立は享保12年(1727)8月、武刕豊嶋郡下練馬邑如意山萬徳寺金乗院の銘。高さは3.4mある。宝篋印塔は石塔の一形態で、五輪塔と並んで広く建立されている。インドの梵文を真言密教で翻訳せずに詠んだという「宝篋印心呪経」を納める塔として始まったものだという。関西に宝篋印塔の重要文化財が多くある。

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宝篋印塔の先にあるのが見事な一石六地蔵で198㎝の高さがある。ひとつの石仏に六地蔵を彫ったものは、何種類かあるが、この塔に似たもので過去見たことがあるのは駒込の染井墓地入口の十二地蔵碑である。見た瞬間に心を打たれた感覚はこの一石六地蔵も似たものがあった。造立年は明暦2年(1656)9月で、下練馬村御月待衆16人の銘が刻まれている。

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本堂前左にあるのが教伝地蔵。明和5年(1768)3月の造立である。台石側面には「武刕豊嶋郡下練馬本村 願主講中」とある。右側側面には宝暦元年(1751)の銘もあるがこちらは阿闍梨教伝の菩提供養の意図で高僧の命日だろうか。

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墓所の入口右手には角柱型の延命地蔵がある。造立年は安政4年(1857)3月、頭光のある半跏像である。その向こうの墓所入口の門の右にあるのが、頭光のついた勢至菩薩ではないかと思われる。造立年は文化8年(1811)2月、上板橋村の銘がある。台石の正面には、「奉供養 月山湯殿山羽黒山 秩父西国坂東百番供養」とある、

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墓所入口の左には対比するように長い台石に載った聖観音菩薩坐像がある。造立年は文久2年(1862)3月か。右面には弘化2年(1845)1月とあるがこれは先祖の菩提を弔っている過去の命日のようだ。正面には「奉順礼 月山湯殿山羽黒山 秩父西国坂東 新四国 百八十ヶ所供養塔」とある。下部には上板橋村の銘もある。左の地蔵菩薩は安永8年(1779)の造立。マスクが可愛い。台石正面に「奉造立地蔵尊廻国供養」とある。左面には武州豊嶋郡下練馬村の銘がある。

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造立年は分からないが、教伝地蔵の並びにあった不動明王像の尊顔がとてもやさしく見えたので横顔を撮影してみた。仏の顔を見ていると時間の流れや空間の違いを超越した感覚を覚えることがある。野仏が特にそう感じさせるが、境内の石仏でも同様である。練馬がまだ素朴な農村だった時代に思いを馳せてみた。

場所  練馬区錦2丁目4-28

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