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2021年7月10日 (土)

阿弥陀堂の石仏(練馬区北町)

阿弥陀堂は明治維新の頃に金乗院に吸収合併された寺院。江戸時代は清性寺持ちの堂宇となっており、千川用水を開削した徳兵衛、太兵衛が名字帯刀を許され千川家を名乗るようになったが、その千川家の墓所である。しかし廃仏毀釈の折に清性寺は廃寺となり、阿弥陀堂は金乗院の管理となった。

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阿弥陀堂は入口から堂宇までずらりと石仏が並ぶ参道になっている。およそ50基近い石仏が並んでおり圧巻。地蔵菩薩だけでも14基、聖観音菩薩像は19基、如意輪観音像が6基などと凄い数だがほとんどすべてが墓石である。

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一口の左右各3基で六地蔵とされている。それぞれの造立年は読み切れなかったが、資料によると宝暦7年(1757)のようである。他の石仏も寛文(1661~1673)、延宝(1673~1681)、元禄(1688~1704)、宝永(1704~1711)、正徳(1711~1716)、享保(1716~1736)、元文(1736~1741)が多くその時代に最も栄えたのだろう。

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この阿弥陀堂は川越街道からは少し南に外れている。しかし下練馬宿の中宿、下宿辺りからはすぐに裏手の土地で、その先には田柄川が流れている川岸の地である。現世の生活と来世が背中合わせになった環境で宿場の人々も暮らしていたのだろう。

場所  練馬区北町2丁目18-1

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