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2021年7月15日 (木)

良弁塚(練馬区中村)

西武池袋線中村橋駅の南約600mの一画に石塔石仏の祀られた良弁塚がある。良弁塚の前の路地は江戸時代からこの辺りを北東から南西に向かって走る村道で、逆にこれ以外の道路は概ね戦後整備されたものである。この村道を南へ行くと中野区の区境で上鷺宮の願掛け地蔵尊に達する。良弁は南蔵院の開祖でもあり、彼が法華妙典を納めるために諸国の霊場を廻ったが、その廻国が終わったので妙経を塚に埋めたのがこの良弁塚と伝えられる。

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一番南西側には2mの高さの笠付角柱型庚申塔他いくつかの石仏がある。擬宝珠まで付いているこの庚申塔は元文5年(1740)10月の造立で、日月、青面金剛像、邪鬼、三猿が描かれている。そして台石には大きな二鶏があり、「願主内田五平次、講中廿二人」と二鶏の間に書かれている。主尊の脇には「武刕豊嶋郡中村」の銘があり、右面には「是 右ハ下祢りま道」、左面には「是 左ハ上祢りま道」とある。

庚申塔の右隣りの駒型(板碑型)の文字庚申塔。「庚申石塔国家安全 武刕豊嶋郡中村南蔵院」と書かれ、造立年は元禄10年(1697)9月。さらにその右にある「弘法大師碑」の後ろの小さな石塔は「庚申塔 内田鉄太郎」とあったようだが、現在は年紀も他の文字も読めないほど風化している。昭和の後期にはまだ若干読めたらしいがおそらく明治辺りのもので石材の質が良くないのだろう。

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北東側に並んでいるのは3基の庚申塔。右から、寛文7年(1667)11月造立の駒型庚申塔。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿がきれいに描かれている。造立年は明和元年(1764)10月、尊像脇には「奉造立庚申講中現當二世安樂所」と刻まれている。左面には「武刕中村郷講中二十人」とあり、さらに「左ハ そうしかや通り(雑司ヶ谷通り)」「願主 中村半左衛門 横山傅蔵」、右面には「右ハ かうゑん寺高井戸通り」と書かれている。

中央は板碑型の庚申塔で、中央には「奉供養庚申待二世安樂攸敬白」と書かれ、造立年は元禄8年(1695)9月である。左の庚申塔は上部が欠損しているようだが、頂部に三猿が置かれる極めて珍しいかたち。寛文7年(1667)11月造立と極めて古く、「奉納庚申供養為二世安樂也」という文字とともに多くの女性名(おたみ、おせん、おたまなど)が記されている。

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ツツジの株に覆われているのは「良弁廻国記念の塔」で、造立年は元文5年(1740)3月と良弁の時代ではない。正面には「延文2年(1357)3月21日に良弁がここに大乗妙典を奉納した旨が記されている。どうも従来あった良弁塚の古木は枯れてしまい石碑が朽ちてしまったので再建したというような意味合いの文字が書かれている。

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その左にある石塔は表面が剥離してしまっているが、明治30年(1897)3月の新しいもの。やはり明治の石材は質が悪いのだろう。資料によると正面には「天下泰平 奉納大乗妙典納経供養塔  日月清明」とあり、台石には内田佐兵衛の銘がある。

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良弁塚で目立つのはこの石幢である。練馬区の指定有形文化財になっており、実は七面である。「石幢七面六観音勢至道標」という名前が付けられている。写真の左半分の面が正面で勢至菩薩が描かれ、向かって左回りに、千手観音、聖観音、如意輪観音、准提観音、十一面観音、馬頭観音が彫られている。造立年は元文5年(1740)10月で、ここには元文5年の石仏が多いようだ。台石は四角だが、それぞれ東西南北の道標になっている。「東 此方 なかのミち 目ぐろみち」「西 此方 たかいど 大山ミち」「南 武州豊嶋郡 中村里」「北 此方 ねりま 川口ミち」とそれぞれ記されている。

場所  練馬区中村3丁目11-2

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