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2021年8月22日 (日)

長安寺の板碑(台東区谷中)

観音寺の南にあるのが臨済宗の長安寺。谷中七福神のうちの寿老人の寺。谷中七福神は、南から不忍池弁天堂の弁財天、上野公園護国院の大黒天、天王寺の毘沙門天、そして真ん中がこの長安寺の寿老人、北上して西日暮里修性院の布袋尊、青雲寺の恵比寿、そして田端東覚寺の福禄寿をいう。寿老人は寺の中に安置された秘仏で限定拝観になる。

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長安寺にはまた日本画家の狩野芳崖の墓所がある。しかし今回拝観した目的は板碑であった。本堂前に4枚の板碑があり、どれも鎌倉時代から南北朝時代の貴重なものである。

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大きな板碑は健治2年(1276)4月造立の板碑で、二条線の下にキリークの梵字、その下に年紀が刻まれている。右後ろの小さい方は、弘安8年(1285)8月の造立で二条線に枠もついており、キリークの梵字の下に年紀がある。ちなみに元寇は文永の役が1274年、弘安の役が1281年であるからほぼ第1回目の元寇の時期と、第2回目の元寇の時期のものである。手前の上部が欠損した板碑はおそらくかなり大きいものだっただろうが、年代は残っている面にあり、正安2年(1300)2月とある。これら3枚とも鎌倉時代中期のもの。

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もう一枚は二条線、枠線のあるもので、応永3年(1396)1月の造立。南北朝時代のものである。キリークの梵字の下にサ、サクが刻まれ、その下に年紀がある。キリークは阿弥陀如来を表し、サは観音菩薩、サクは勢至菩薩を表現している梵字。小生はいまだにこの梵字が皆目わからない。

場所  台東区谷中5丁目2-22

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